攘夷派で伍の御題



かくして祖父は翌早朝から出掛けていき、店には早々と娘一人になった。


「……」


娘は迷っていた。

――あの能天気と二日間も会話するなんて持つはずがない…。わしには無理じゃ…
でも、じいちゃんたちの開発には協力せねばいかん…


散らばった工具を揃えながら、坂本が訪れる時間帯になると娘は店の入り口に何度も目線を向けた。


「……今日は遅いの…」


今か今かと、憂鬱で嫌な緊張感が胸で騒ぐ。


「…来なかったら万々歳じゃき」


「――ごめぇんくださァァァい……あり?」

「…」


…やっぱり来た。


「…今日は主人おらんがか?」

「鉄の仕入れ交渉に出掛けちゅう。今日明日帰ってこんよ」


キョロキョロと店内を見渡す坂本に娘は視線も向けずに言った。


「…そうかァ〜。残念じゃのー」


坂本は口を尖らせたような表情をし、もう一度店内を見回すとゆっくり踵を返した。


「ほんじゃ また来るきに。失礼」

「――え、帰るかえ?!」


自分が咄嗟に声を掛けたことに気が付いたのは、振り返った男と目が合ってからだった。


「…なんじゃ?――ァ!もしやおんしゃァわしに知を分けてくれるかが?ありがたいのー!」


アッハッハッ と右手を後頭部にやり、体格のいい体を仰け反らせて再び店内に入ってきた。


「……」

…何しちょるんだわしァ…υ


娘は自分のしたことに内心ひくひくと頬をひきつらせた。


「…言っとくけぇ、わしゃじいちゃんと違って大した知識は持っちょらんきに、期待されても困るぜよ」


娘は組み立ての最中だった船のエンジン部を片付け、店内の土間を広くするため重い発動機をずらして荷車に乗せんと腕に力を込めた。


「――あぁ、いいぜよ」


すると娘の腕に待ったを掛けた坂本がその発動機をひょい持ち上げた。娘が思わず見上げると、相変わらずの楽しそうな笑顔で

「今日はおんしの仕事を見ちょることにしよー。構わんで続けちょくれ」

と、元あったところに「よっと」と降ろした。


「……」

――まぁ その方が気が楽じゃな


娘は笑顔の男を一見して、口をつぐんだまま工具を取り出し地に膝をつき組み立て作業を再開した。



「これは何じゃ?」

「…発動機の燃料の量を計るもんじゃ」



「…これは?どこかに差すのに使うがか?」

「操縦装置と繋げる時に差すんじゃ」



「そえでこれは停止装置のこの部分に来るんじゃな?」

「…そう、」


娘は感心した。
坂本が、いつものちゃらんぽらんドラ息子からは想像出来ないほどの関心と探求欲で船を眺めているからだ。

祖父が応対してるときはいつも自分は奥へ下がってしまい、そんな坂本の姿を見たことがなかった故に思わぬ感心を得た。

真剣に見開く両目は輝きを一層増し、まっすぐ娘の手元を見つめている。


けれども彼の相変わらずのテンションは自分とは対極に常に高かった。


「おんしゃァまだ若いのにすごいのー。聞くこと全部答えられちょる」

「…そりゃあどーも」


さりげなく坂本に褒められると、視線を逸らし声を小さくしたりもした。


手順良く手際よく組み立てていく娘から学ぼうと、坂本からはたくさんの質問が投げ掛けられた。それに一つ一つ答えてあげると坂本はみるみる飲み込んでいくので、娘も半ばそれを楽しむようになってきた。


…というのは、段々と坂本といても以前のような不快な気分が薄れ始めていた証拠であった。その時はそれを彼女自身全く意識していなかったのだが。




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あきゅろす。
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