攘夷派で伍の御題
3
「ごめんくださァァァい」
「――おぉ こりゃあーこりゃあー…」
…何故だ
ここ最近あの男わしらの店によう来るようになった。
「なかなか勤勉じゃよ坂本様は」
祖父が男の事を楽しそうに話すのを、娘はいつもムスッとして聞いていた。
老主人の店では船体の部品の販売をする一方、“空飛ぶ船”の開発の拠点として国中の造船職人が集まるため、その類いの人間の間では名高い店であった。
天人の運んできた高度な技術文化に圧倒された庶民たちの中に、それを凌ぐものを自分たち人間の手で作り上げようとする想いが、船舶に限らず各地様々な産業において湧き起こっていた。
坂本様、と呼ばれた男はその“空飛ぶ船”の知識を得んと老主人のところに通い始めたのだった。
「…素人が何考えちょるか」
娘は坂本が店に来るとすぐに奥に下がり、出てくることは無かった。
ある日坂本は主人に話していた。宇宙へ行きたいのだ、と。
祖父は協力を喜んで承諾した。
しかし店の奥でそれを聞いていた娘はただ呆れるばかりだった。
――攘夷戦争に参加するゆって国を出て、それほど経ちもせんうちに帰ってきよって、
…今度は宇宙(そら)へ行く?
逃げ出してきただけじゃないか あの人ァ…
まめに店に通ってきては老主人に船の仕組みから操縦の仕方まで学ぶ坂本を、娘は相変わらず据わった目で見ていた。
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「――二日間?」
「そうじゃ。明日から鉄屋の茂さんとちょっとばかしお隣の国行ってくるきに、留守番頼むぜよ」
祖父の話に娘は特に障り無く了解した。
「それァ構わんけれども…あの船の研究に行くかえ?」
「鉄が足りんなってきちょるに、分けてもらうよう交渉行ってくら。
…おぉ、そうじゃ、きっと坂本様が来るき〜、おんし話してやっちょき」
「――なっ」
男の名を耳にすると、娘は咄嗟に顔を上げた。
「無理じゃ!わしあの男好かんゆうちょるにυそれに何も話すこともない…」
孫娘の反応に老主人は若干困惑し渋い表情をしたが、
「大丈夫じゃ!おんしゃなかなか船に関してァよう分かっちょる。できる範囲で構わんぜよ。アッハッハッ」
と愉快そうに笑って済ませたのだった。
「……υ」
娘はその笑い様が苦手な坂本と重なり、頬を引きつらせた。
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