攘夷派で伍の御題


「さてと、明日からは夢の京生活。切り替えていかなきゃ」


墓参りに来ると、どうしても寂しさと思い出に浸ってしまう。

彼女は自分を元気付けようと、声を上げて立ち上がった。



「――、……」

「………」



墓地の中を通る道を向こうから歩いてくる人物がいる。

その男と目が合ったのに気が付き、娘は一人声を上げたことに少し頬を染め、何となく会釈をして足早に横を通り過ぎようとした。


その男の、後ろに流れる長い黒髪に少々見とれながら。



――ザッ…


擦れ違ってからさほど経たない内に相手の足音が止まったので、女は少し振り返ってみた。


長髪のその男は、先ほど彼女が手を合わせた墓石の前でじっと刻名を見つめている。

そして、置かれていた簪を手に取り、こちらを振り返ったのだ。


「…これはおぬしのものか?」

男の手の中で シャラン、と揺れる娘の簪。


「おぬしは、もしや松陽先生の親族か何かか?」

「いぇ、すみません、違います。
…ただ、何だかお墓がいつも寂しそうだったので…ごめんなさい」


男の落ち着いた静かな声音が、勝手に水を掛け、自分の私物を供えてしまったことに娘の心に差し出がましさを感じさせた。


だが、男は彼女に微笑みを返した。

「おぬしが謝ることではない。むしろ、かたじけない」

「…え…」


娘は、男が礼儀正しくお辞儀をした事にきょとんとした。


「松陽先生に師事された者は、もうあまり生き残っておらんのだ。俺も、随分と久しぶりに先生にお会いしに来た」


周りの墓石よりも高くそびえる墓を見上げ、男は合掌する。


「お世話になった恩師の墓参りさえもろくに来れないとは、なんと不孝な門下生たちよ」

目蓋を落として、フッと笑った。


娘はそっと彼の横に歩み寄り、両膝を地に付き手を合わせた。

「皆それぞれ先生に教わったことやその志を継ごうと必死になったというのに、世とは無常なものだ。あがいても、何も残らなかった」

しみじみと話す男の言葉を、ただ黙って聞いた。


「中には事を成し遂げて日本の空に大きな華を咲かすのが、先生への最高の供養だと考えている者もいるが…むしろ俺もつい最近までそうだと信じて疑わなかった」

「あなた…攘夷志士…?」
娘の問いかけに、男は両手を下ろし笑んだ。


「江戸では名の知れた、な」

「…それはまた…遠いところを」


そう男が名乗る割には、とても落ち着いた柔らかい表情。娘の目には危険行為を企てるようには到底見えなかった。



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あきゅろす。
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