攘夷派で伍の御題
14

土間から上がると男の背を壁に預けさせた。昨夜巻いた包帯はもう真っ赤に染まっていた。


「……せっかく…キレーにしてくれたのに…よ…」


息を途切らせながらわりィなぁ、と詫びようとした男の言葉を、

「もう何も言わないでください…」

と遮り女は背中から血を拭い始めた。


「私は少しも悪いなんて思ってませんから」


ヘヘッ、と男が笑った。
女に向けるその背中は、堪えきれない苦しさに大きく上下していた。


「……みず…」


出すのも辛い声を振り絞って更に付け足す。


「……もしくは甘いもの…」

「……」


苦しそうな男に、もはや我慢しろとも言えなくなってしまった。
女はただ、無言で手ぬぐいを当てていた。


「…ハァ ハァ――ぅぐっ…」


男の苦しそうな呼吸は女にとって地獄だった。
自分を護って負った傷を抱えて、それに耐えている…


「……おしるこが飲みてぇ…」

「……」


女はスッと、男の脇に回った。そして呼吸で上下する横顔をじっと見つめた。

そっと手を伸ばし血に染まった銀髪をいとおしそうに指に絡め、隠れていた男の両目を露にさせた。
その両瞳も女の眼差しを捉えた。


「…こんな状態じゃ、物は食べさせられません……危険です」


汚れのついた頬に手を添え


「―――…」


唇を重ねた



「――………」


そっと、男の呼吸を妨げないように、

触れるだけの口づけをした。


「――……」


男もゆっくりと瞼を落とした。

お互いの唇の柔らかさを感じるぐらいの、本当に触れるだけで、女はゆっくりと離れた。


「――……」


こんなものでも、気休めになればと思ってした行為だったのだが、今度は男が女の頭に手を添え、引き寄せるように再び唇を重ねた。

触れるだけだったが、今度は長く 何度も何度も。


「―――…」


男の口は、血の味がした。
漏れる息が熱く、それがまた痛々しかった。


「――…甘ぇ」

「…ふふ…」



空の厚い雲は途切れ、その隙間からは星が輝いていた。





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あきゅろす。
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