攘夷派で伍の御題
6
静かな時間が過ぎていた。
赤トンボが、時折格子を通り抜けて小屋の中に迷い込んで二人の回りをスィスィと飛んだ。
男は床に仰向けに寝そべってただ時の流れを感じ、女は途中だった裁縫の続きをしていた。
「…なァ」
「何ですか」
「…寂しくねぇの」
天井を見つめたまま、男は女に問い掛けた。それに女も針を持つ手を動かし続けたままゆっくり答えた。
「…寂しいなんて、一度も」
「……ずっと一人でいるつもりか」
「今は特に何も考えてません」
男はふーん、とだけ返した。
迷い込んだ赤トンボが、囲炉裏の土鍋の蓋に止まり、羽を休めている。
「…お前さんの兄上のこと」
「はい」
「帰ってくると信じててやれよ」
「…そうですね」
「お前さんが信用してやらなくて、誰がお兄さんの帰りを信じるんだよ」
「…そうですよね」
「自分を信じて待ってくれてる者がいない人間が、一番不幸だと思うぜ、俺ァ」
女は少し間を置いて、はい、と微笑んで返した。
「……」
男は徐に体を起こし、女に向き直った。その動作に女も手を休めた。
「…どうしたんですか?」
「……」
男には喉から出掛かってる言葉があった。
「……υ」
しかしそれはなかなか音になって出てこない。
しんと静まり返る中、赤トンボが羽音を立てて飛び立った。
きょとんと首を傾けて自分の言葉を待つ女を、男はただ見つめるしかできなかった。
こんな時世に、若い女が一人で村外れに住み、帰ってくるかも分からない兄を待ち続けている。
いざというとき…
いざというときじゃなくても、誰が彼女を護る?
「…オイ、お前さ…」
―――ドンドンドンッ!!
「おい!誰かいるかァー?」
「この辺りに落武者来なかったかァ〜?ギャハハ」
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