色は匂へど散りぬるを




「――おぉ、呼び出してすまんな」


局長室には、縁側から振り返った局長と腰を下ろして難しい顔をしている副長がいた。副長だけじゃない、局長の口も真一文字に下がっている。


「…何か良からぬ事件でも?」

俺はそんな空気を読み取った。


「いや、まだだ」

と局長が首を振った。これから起こらんとするんだ、と言った。他州の警察情報網からのネタらしい。


「丙午星の暗躍組織の談合が、今後江戸の船宿で行われるらしい。そこへ偵察を入れる」


情報を持ってきた他州の警察組織はこの地の管轄ではないため、江戸地域の事は真選組に協力を得たい、というのだった。

――ここまでは至っていつも通りのやりとりだ。潜入は女装だな、と思った。だけど、

「…だがお前じゃない」

「え?」

「えってお前、その包帯と顔見てみろ」

そんなんじゃ女郎に成りきれっかよ、と副長。…確かに。最近の斬り込みに同行した時、顔や手足に迂闊にも手傷を負ってしまった。顔傷のある女郎は座敷になんか出られない。


「しかもなおさらやりにくい事に、久喜屋なんだよ」

「久喜屋」


聞いたことはあった。最近そこには攘夷活動に密かに荷担する女郎たちがいる。数は少なくない。日頃志士たちの話に多数耳を傾けているうちにすっかり傾倒してしまう者が絶えないそうだ。
しかし事実上志士側についても、女たちは幕府の調査が入った時生き延びるためにツンと白を切る。単に命が惜しいだけではない。なぜならそこには志士たちだけではなく幕府関係者も集い、その者たちからの情報欲しさに宿に居続けるためにはいかにその土壇場で客を裏切り見捨てることになろうとも

「あたしは知りません」

と突っぱねるのだ。仕事のプロだ。
ところで追い込まれた客の志士たちはというと、やはり後々を見据え必要な情報網を持つ女たちを一切修羅場に巻き込まない。攘夷志士の徹底した献身思考にはさすがの俺らでも舌を巻くところがある。

それでは接客する女を取り締まればいいじゃないか、という話になる。だがしかし客は同じ女郎ばかりを呼ぶわけではないし毎回が密談ばかりではないので、よほど事前の調べがついていないとどこで誰が危険思想を唱っているか把握が難しいのである。いくら公務と言えど、警察組織の無闇矢鱈な突入は宿の商売上の妨げになるので道理上の罰が悪い。
さらにこちらの分も悪いのは、久喜屋が天導衆関係の者が所有する宿である事だ。万一日本人の警察がその現場を嗅ぎ付けても、きっと事実は黙殺されて俺らみたいな下の組織なんかいとも簡単に潰されるだろう。
つまり、その宿では自由な動きができないんだ。


「――話を聞き取るだけだ。人数も多くは送らない。せいぜい2〜3人。あくまで密偵のみ」


今回は攘夷志士とは直接関係は無いのだが、そういう輩も混じっている宿だからということで忠告がある。
充分に調べ上げて核心的な悪事を見つけたときに別の機会でとっ捕まえる、というのが副長の考えるところらしい。


「…じゃぁ、和田に?」

「いや、和田に女装は…」

無理だ。あまり人を悪く言わない局長さえも苦笑いに白い歯を見せている。一応俺の後輩に当たる監察だが歳は上の和田。暴力団への潜入捜査は向いてても、あの青髭におしろいは塗れないだろう。


「それに今回はたかが1日2日の偵察じゃァない」

「…え」

「客にはもちろん、宿の他の女郎にも潜りをバレないように、月単位で宿に入ってもらうことになるかもしれねぇ」

「それじゃ…――」




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あきゅろす。
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