色は匂へど散りぬるを
1
一本の人差し指が天にむかって真っ直ぐ伸びた。
「かくれおにごっこする人この指とーまれッ!」
「「「あ?」」」
「とーまれッ!」
各々が昼飯後の時間をまったり過ごしていると、毎日のようにどこからともなくやってくる少女が笑顔で声を張り上げた。
「何だよソレ」
「隠れながら鬼ごっこすんのよ」
「…」
…それだけ?と少年の一人が聞き返すと、うん、というどこか誇らしげな表情。
「あまりにも捻りのない名前だから中身はもっとおもしれーのかと思ったのに、」と誰かが言うと、「なによー新田」とふて腐った。
「とーまれッ!」
しかし少女は諦めなかった。どうしても“かくれおにごっこ”がやりたいらしい。
「かくれながらおにごっこなんてよォ」
「今どきチマタじゃ“おかとう”だよなァ」
「おかとう?」
岡っ引きと盗人(ぬすっと)だよ、とまた誰かが言った。そんなのも知らねーの、お前?
子どもたちの間ではますます少女がどこの村の者か不思議に思った。
「ようはおいかけっこだよ、ごんみ(名)が言うのとおんなじ」
「あっ、ヅラぁ」
「おれは桂だ!」
ちょうど学舎の縁側を通りすがったのか、結髪の少年が現れた。胸には重そうな本を抱えている。
「…まぁいーや。ようは隠れたって何したって逃げればいいんでしょ」
早くやろうよー、と指を振る少女。
「違ぇよ、そんな単純じゃねーよおかとうは」
「岡っ引きの数は複数だ」
「盗人は一度捕まったら仲間が助けに来るまで牢から出られない」
「その代わり岡っ引きは盗人をしっかり捕まえないと捕まったことにならない」
「触るだけじゃだめというこった」
ごんみ(名)は呆然とした。
「…すごい現実的な…」
かくして“盗人”の子どもたちが学舎隣の広い寺の境内に四方八方へ散った。
ここはお決まりだがやはり“岡っ引き”役の人数が不足した分はじゃんけんで決められた。結果に不服な子どもたちは、早く二回戦目で盗人をやりたいがためにまっしぐらに盗人を追いかけに行った。
「ちぇー」
さらに不服な事に、最後の最後まで勝てなかった新田は牢の門番の役を負った。
「無人の牢なんて見張って何になるんだよぉ」
「…なにしてんだ?」
「ん?おかとうー」
そこへ遅れてやってきた少年が一人、牢に設定された植木の石囲いに尻をついている新田に声を掛けてきた。
「じゃあおれ岡っ引き」
「ん、おう」
塾のやつはほぼ全員参加してるから別にいっか、誰が一人増えたって。と新田は何も考えず後ろ姿を見送った。
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