色は匂へど散りぬるを




「いらっしゃーい!ただいま期間限定で一時間無料のキャンペーン実施ちゅ――」

「ヅラぁっ!!――」

「ヅラじゃない桂だァァ!」


繁華街でキャンペーンボーイをしている男の胸に娘が一人、いきなり飛び込んできた。
桂だァァと名乗った男――桂小太郎は、不豫なあだ名で呼ばれた事に日々鍛えられた条件反射で激しく怒鳴ったのだが、ふと我に返って自分の懐に顔をうずめている娘を見下ろして、はて?と首を傾げた。


「お前は忠犬ハチ公か」


そこへ向こうから死んだ目をした馴染みの男が歩いてきた。


「…ぎ、銀時?待て。俺には断じて身に覚えがないぞ。貴様の女ではないのか、俺の名をまた間違えて教えおって…」

「「何言ってんの?」」

「…は、」


銀時の声と、下から発せられた娘の声が重なって男は表情を止めた。


「――ごんみ(名)…!?」


懐かしい声で自分の名前が呼ばれて、娘は嬉しそうにうん、と笑い、抱きつく腕にまた力を込めた。
桂は驚きのあまり状況を上手く把握できていないらしい。


「お前、なぜ江戸(ここ)にいるのだ?…これはどういうことだ銀時?」

「大方、お姫様のお忍び旅行ってとこだろ」


まぁそんなところよ、とごんみ(名)が見上げてきた。
感極まった笑顔を見せてくる娘を抱き返して、やっと桂も安堵の表情をした。


「はいはい。公衆の面前」


パンパンと手を鳴らす銀時をよそに、腕を離さないままごんみ(名)は桂を見上げて、相変わらず尾を振った飼い犬のようだ。いつもはあまり笑顔を見せない桂も、この時ばかりは目を細めて微笑んだ。


「…仕事中だった?」


ごんみ(名)はふと身体を少し離して男の格好を見下ろして言った。


「あぁ。副業だがな。――おぉそうだごんみ(名)、紹介する、エリザベスだ」


桂が斜め後ろへ身体をずらすと、替わりににゅっと身を乗り出してきた白い何か。


「……」


瞬きすることを知らなそうな双眸に、今にもカプリと噛みつかれそうな大きな黄色い口。単純も甚だしい、机に描いた落書きが実体化してしまったかのような外見をしたその者に、ごんみ(名)はあんぐりとしてしまった。

その白いエリザベスがサッと取り出した板には“はじめまして”と書かれている。それに倣ってごんみ(名)も慌てて会釈を返した。

銀時を振り返ったごんみ(名)は露骨に動揺している。仕事の邪魔だからまた今度にしようか、と言ってきた。


「何なら今日はもう切り上げようか、エリザベス。せっかくだ、積もる話もたくさんある」

「いや、もうおいとましようぜ“で子”。俺もいろいろ聞きてぇし。またゆっくりヅラんとこ連れてきてやるよ」


で子、と呼ばれて「うわっ!まだそんな呼び方する!?」とごんみ(名)は銀時を叩いた。叩かれた銀時も「てっ」と声を挙げた。


「邪魔してごめんねヅラ。また来るねっ」

「ヅラヅラとお前らは…。桂だ」


銀時とごんみ(名)は揃って桂を振り返り、別れを告げて再び歩き出した。




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あきゅろす。
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