もしもペリーじゃなかったら


湖岸に停泊しているためか船の中は案外静かで、船員たちの賑やかな話し声が行き交ってるだけだ。想像ではエンジンやらのいろんな機械音がするのかと思っていた。


「お帰りなさい高杉さん!」


すれ違う隊の仲間に特に何も返さず、高杉はスルスルと廊下を進んでいく。金魚の糞のようにそれについていくあたしに、周りから疑問の視線がたくさん向けられる。仕方がないか、今あたしすごく浮いてるもの…。自分の格好を横を過ぎ行く人たちのそれと見比べた。気まずい生唾をごくりと飲み込んだ。


「――晋助さま!?何スかその変な女!?」


やがてあたしたちとは交差の方角から歩いてくる人に出会った。
鬼兵隊の紅一点・来島また子。
あたしの中で芸能人でも見たかのような叫び声があがった。また子の問いに高杉が口を開いた。


「見ての通りだ」

「「……」」


見ての通りとは「変な女」だと言いたいんだろう、と解釈した。高杉はどんどん奥へと進んで行く。会釈だけしてあたしも通り過ぎようとすると、くるりとまた子があたしの前に躍り出て

「…どこの誰か分かんないスけど、晋助さまに手出ししたら承知しないスから」

と、じとっとあたしを見つめてきた。
誰が手出しなんかしますか。
漫画と何も変わらない高杉へのその忠誠ぶりに、思わず笑みがこぼれた。


「、何笑ってんスかっ」

「――オイ、何してんだ」


先を一人で行く男がこちらを振り返っている。それがあたしに向けられたものだと分かると、やや駆け足で軋む廊下を進んだ。


「…晋助さま、何考えてるんスかね」


残された拳銃使いの女の視線が、あたしの背中にしばらく突き刺さっているのを痛く感じた。


高杉がようやくその足を止めたのは、橙色の風に包まれた船の甲板だった。横に連なる箱根の山々の上に浮かんだ夕陽が、その手前の波打つ湖面を宝石の如く反射させて眩しいくらいに輝いている。
この世界も、あたしが本来いた世界も変わらぬその光景に、ほっと息が出た。空と山と湖そのほか自然だけは何にも変わらない。

高杉は船首でゆっくりと煙管を堪能している。いつの間にか和やかになった風が彼の吐く煙をあたしの方に運んできた。
男のその背中は夕焼けがよく似合うと思った。

本来なら今日、おばあちゃんと見るはずだったこの箱根の夕焼け。ところが一変、あたしは未だに信じきれない現実の中にいる。


「あたしこれからどうしよう…」

「、………」

口元へ煙管を運ぼうとした高杉の右手が止まった時、あたしは自分が口にした事にはっとした。考えていたことが思わず出てしまった。


「どういう事だ」


包帯で隠された左目がこちらを向き、低く問い返された。

「なぜあそこにいた。目的があったんじゃないのか」

「…祖母と遊びに来たんです、箱根に」

「ほう」

「おばあちゃんいなくなっちゃって」

「…フゥー」


その背中から興味無さそうなのが良く伝わってくる。


「いつの間にかこんなことになってて」

「どんなことだ」

ご興味を誘ったらしい、高杉がこちらを振り返った。彼の顔をようやく真正面から見れた。


「違う世界に飛んできちゃった?」

「…」

「なんてね。やっぱり夢ですよねコレあたしの」

ベタだが頬をがっつりつまんでみた。痛い。それを見た高杉が喉を鳴らしてクツクツと笑いだした。


「面白ぇ女だ」





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