もしもペリーじゃなかったら




「…んで?」


頬を打つやや強い夜風を突っ切るように歩き進みながら、ちらっと隣を見上げた。
銀さん、あの時先輩に何て言われてたの?


「なに?ひょっとしてヤキモチ〜?」

「ぬぁっ!?ちがっ…」


返ってきたのはニヤリという緩い笑い。思わずその視線を払うように手を煽った。別にそういうわけじゃっ…


「先輩嬉しそうにしゃべってたからさ、ひょっとしたら銀さんに本気で惹かれてんじゃないかって思っただけだよ」

「アレアレ〜?なにふて腐れちゃってんのかなァ?」

「ふて腐れてないっ!やめてよその目」


ニヒヒ、という笑いで覗き込んでくるのをやめない銀さんの顔がまとも見れなくなった。…恥ずかしい。


「…まァ、興味ないねー」

「…え?」

「わりーけど俺はパフェ食ってたし。それどころじゃ無かった」

「何ソレ。ひどっ…」


ズルッと肩が落ちるような思いがした。


「まさか、パフェが恋人です。とか恥ずかしいこと言わないでよ?」


カラカラとあたしが笑ったら銀さんも「まんざら違ぇねぇ」とつん、と笑った。花より団子ですか。何か拍子抜けしちゃったじゃん。


「だから神楽ちゃんにも“乙女心の分からん奴ヨ〜”って言われるんだよ?明らかに先輩、銀さんのこと好きだよアレ」

「ほォ〜?ごんこ(名)はそうゆうこと言っちゃっていいのかな〜?みんなの銀さんが波多野さんに取られちゃうよ〜?」

「しっかり名前覚えてんじゃない」


みんなの銀さん。あまりにもその通りすぎて笑えてくる。


…何か…もういいや。

銀さんて恋愛には奥手なのかな?漫画では匂わすような素振りが何となくあるような気がするんだけど…


「お前は」

「ん?」

「ごんこ(名)こそどーなのよ」

「…色恋の話?」


ふん、という肯定が聞こえたのであたしは「ないよ」とヘラッと笑った。すると「ヘェ?」とまた歯を見せて笑われた。
そんな顔されても。ほんとに無いよ、残念ながら。


「情けない話かもしれないけど、恋とか、分からなくなった」

「へぇー」


忘れちゃったよ。仕方も分からないし、どんなものだったのかもさっぱり。


辺りはいつの間にか大通りから外れた川沿いだった。
静まり返った夜の道に吹く風が、銀さんの持つスーパー袋を擦ってカサカサ鳴らした。


「嘘だね」

「え、何で嘘つかなきゃならな…」

「お前、…高杉のこと考えてるだろ。ここずーーーっと」


――…


「みんな気付いてるぜ。様子が変だとよ」

「……」


…息を呑んだの、伝わってしまっただろうか。声が出てこなくて何も返せなかった、ウンとも、スンとも。
ましてや否定で首を振ることも。

なにか、胸の奥の膜みたいなのが太鼓を叩いてるように大きく脈打ち始めていた。


「好きなんじゃねーの?アイツのこと」


――は…?

「そんなこと、ない」

「ごまかすなよ」

「――ぃや、…別に、」


あぁ
…何だろうこの気分


あたしが高杉のこと

――“好き”…?


「…や、やめてよ銀さんυ 無いから。ナイナイ」


好きだよ?
高杉も、銀さんも、神楽も、新八も。

みんな好き。


だけど恋とか、そーいう意味合いの感情とかじゃなくってでさ…


「あるな。おめーが黙って考えてる時のカオ見てると、完全に女だな」


…オンナのカオ…?

「なによソレ……うっそだァυ」


いつの間にかあたしは銀さんよりも後方で立ち止まっていた。しっかり自覚できるほどあからさまに、自分の素振りが動揺しているのが分かった。
銀さんは、…分からない。さっきからずっと、からかっているのか真剣に聞いてるのか、どっちともつかない声音で問いただしてくる。


「…オイ」


こちらを振り返ってきたとき、あたしは視線を下方に逃がした。

銀さんの顔が見れる気がしない…。あの、真っ直ぐに射抜くような視線を向けているに決まっている。

あの、見透かされるような瞳、…

見れない…


「オイ…」

「……」

「…ごんこ(名)」

「……」


足音がゆっくりあたしの方に近づいて来た。呼ばれてもあたしは顔をあげずに。
一層強くくちびるを噛み締めて。


「…オイυ無視ですか」

「――っ、やめて!気にしないようにしてたのに!…意識しちゃうじゃんっ」


銀さんの大きな左手があたしのこめかみに触れた、と反射的にあたしはその手を払って後ろに一歩退いていた。
自分でも考えていかなったような言葉が咄嗟に吐き出された。改めて思い返しててしまうくらいの、思いがけない言葉だった。吃驚してしまった。

一呼吸してからはっとして、目の前のその人を見上げる。彼は今度はあたしではなく、払われた左手をじっと見つめていた。


「「……」」


「ごめんなさい」が、声にならなかった。


…貝類、セロリ、数学、満員電車…
それとあと、
こういうどうすればいいか分からない肌に突き刺さるような沈黙した雰囲気。苦手だ…

嫌なのに、それを壊す方法も今は分からない。
ただカサカサと鳴り続けている銀さんのビニール袋にありがとう。



「…とにかく帰ろうぜ」


前の方でザッ、と銀さんのブーツが地面を擦る音がした。
目線を戻すと銀さんの広い背中がゆっくりと遠退いていた。


「……」


あたしは意識をどこかにやったような状態で、だけど細い糸でかろうじて引っ張られているように、一歩一歩銀さんの後に従った。



――けれど…


“好きなんじゃねーの?アイツのこと”



「――…銀さんに、そんなこと言われたくなかったよ……」

「…すんません」

「謝らないで」

「なんなんだよ」

「うん…」


ごめん、自分でも分かんない。
みんなに心配かけるだけかけておいて、当のあたしは己のことが何も分かってない。


なんなんだよもう、ほんと。







NEXT CONTINUED



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あきゅろす。
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