もしもペリーじゃなかったら
2
桜の蕾が色づき始めている。世間では“この春一番の、”という言葉が頻繁に飛び交うようになってきていた。
あたしの生活もだいぶ落ち着いてきていた。着物の着付けもちゃんと自分でこなせる。
この前お給料入ったから早速お妙さんに借金返済、そして新しい着物を一着購入、今度のは薄い黄色に四ツ葉のクローバー柄。山吹亭であくせく働いてきたのが実になった。
「ごんこ(名)っ、アイス食べようヨ」
久しぶりの休みをもらって、神楽ちゃんと定春の散歩に街をぶらぶら。
一分60秒、一日24時間、時間の流れは同じなのに、数回瞬きをするうちに…なんて言うのは大袈裟だけど、本当に時間の経過が早く感じる。こちらでの日々は一日が終わってしまうのが何だかもったいなく、けれど明日が来るのがとてつもなく楽しみだった。
「あたしチーズケーキ味にしよー、神楽ちゃんは?」
「チョコとイチゴヨーグルトにするアルっ」
「あぃよー」
「あっ!2個行くの、じゃぁおじさん、あたしチョコチップ追加っ!」
こうして神楽ちゃんの笑顔の隣にいるのも、背中に定春に鼻擦り付けられるのも日常茶飯事。銀さんや新八くん、みんながあたしの名前を呼んでくれるのも今ではなんてことない日常だ。
こちらの世界に来てそろそろひと月、いつかはむこうに帰る日が…、なんて心配も少しずつ薄れてきた気がしている。
あまりにも楽しくって、長い長い夢を見ているようだけれど…。
「…ったくよォ総悟の野郎。制服一着仕立てんのにどれだけ金かかると思ってんだ」
――あっ、……
「大串君アル、こんなとこで。さてはサボってるアルか」
「…あん?…万事屋ンとこの怪力娘か。真昼間にそんなデカイ犬連れまわしてやがって…――って、お前は…」
「どうも〜、先日は、、」
大串君の目があたしを捕らえて見開いた。と、咄嗟に何か言わなきゃ、と思って出たのは白々しい挨拶、内心苦笑した。
「この前はすいませんでした、火傷してなかったですか」
バイト初日、出会い頭に土方さんにぶつかってお茶をぶちまけてしまった。
「それに隊服も濡らしちゃって、任務の邪魔も…」
「あぁ、クリーニング出したし何ともねぇよ」
「すいません本当υ弁償します」
「いやそれはもういい。もっとどうしようもねー状態になって返ってきたから」
「?」
大串くん…もとい土方さんは大きな嘆息を吐いて、公園の噴水の方に視線を投げた。
今日は制服じゃない。お休みなのかな?
「ごんこ(名)、大串君に会ったアルか?」
「大串じゃねーっつってんだろ。つかお前こそこの怪力娘と知り合いかよ?てことはあの天パともか?」
「ごんこ(名)は今うちに住んでるアルヨ」
「は…マジかよ?良くあんな高血糖ヤローのとこにいられんな」
あたしが言うより早く、神楽ちゃんがフフン、と鼻を鳴らして説明した。聞くと大串くんは口角をひきつらせてあたしと神楽ちゃんを一瞥した。
あたしも負けじと、持っていたアイスクリームをひょっと持ち上げて一口かじって言った。
「あたしも基本甘党だから大串君のマヨよりはマシだと思いますよー」
「なっ、マヨネーズ舐めんなッッ!つか大串じゃねぇってんだろーが!!」
「ぶぷプッッ」
大好きなマヨを侮辱されて、加えていた煙草を落としそうなくらいに喚いている。想像通りの反応だった。
「…何笑ってやがんだ」
「ぅくくっ、や、土方さん面白いなーって思って」
「な、んだコラ!?」
やばっ、この世界に来て分かった、からかい甲斐あるわこの人!
何だろ、沖田くんのサド心が分かる!!
あたしは片手ぐーで口を押さえて一生懸命笑いを堪えようとしていた。
すると神楽ちゃんが
「ふっフ〜ン♪レディーに笑われるなんて、もしかしてごんこ(名)の前でそんなに恥さらしたアルか?」
悪戯っぽい目付きとニヤリ口で土方さんを鼻で嘲笑う。
「ぁあ!?俺ァ何もしてねーよ!…てめーごんこ(名)っつったな?茶ぁ溢した詫びに今度てめーんとこの店の飯おごれよ」
「お安い御用ですよ。土方スペシャルでいいですか?」
「…たりめーだ」
すっかり不貞腐れた様子で煙草を口にくわえ、踵を返して歩いて行った。
アイスを食べながらその後ろ姿を見送っていると神楽ちゃんがごんこ(名)も言うアルネー、とさぞ楽しそうにカラカラと笑った。
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