もしもペリーじゃなかったら
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…とは言ったものの。
「…コレじゃァ来るもんも来ねーよな」
今時、何十人もの相部屋なんて学生の合宿以外に流行らない。この御師の家は大広間こそ廊下を挟んで向かい合ってあるが少人数の小部屋というものはどこにも無い。どこのホテルも旅館も宴会場はともかく家族単位の人数までがいいところなのに、ここ宮野屋は。
「こういうところ、昔はみんなそうだったって聞きますけどね。十人近い団体が何組も来て畳の上に雑魚寝するって。翌朝大体同じ時間に宿を出て」
それでももしかしたらいらっしゃるかもしれないお客様のためにと女将に準備を割り当てられ、俺と新八は大広間を掃除していた。ここが大分の時間使われていなかったのがこの埃の舞い上がり様で察することができる。
畳と布団を日に干して廊下に取り掛かった。浴場から神楽とごんこ(名)がキャーキャー言ってるのが聞こえるんで覗きに行ったら石鹸ホッケーをしていた。おめーら何しに来てんの。俺も加わったけど。
そういやごんこ(名)にこの仕事の未来を漫画で見たか聞いてみたが、首を横に振っていた。全てが載っていて同じように行くとは限らないわけだ。
ただ、何となくこの仕事、波乱になる予感がする。
「…ふはー!身体中の汚れが一気に落ちますねー」
「掃除の後の風呂って格別だねェ」
「万事屋の風呂も掃除したかったですね。こないだごんこ(名)さんがやってくれてましたけどあれっきりですし」
「あの汚い風呂場をよくやってくれたよいい嫁になるよーあの娘」
「銀さんですよ。ちゃんとやってくださいよ」
「前から思ってたんだけどさァ、そういうのって助手の仕事じゃない?」
「やってるじゃないですかだから。だけど住んでて一番使ってる人がやらないと駄目じゃないすか」
「俺だってなァ、一人だった頃はやってたんだぜ自分で」
「だからその頃を思い出してやってください」
「あー分かった分かったよ。当番制にすりゃいい話だろ」
「その制度を一番始めに崩したのは誰ですか」
「――(コンコン)殿方お二人、おくつろぎの所ちょっとよろしいでしょうか」
「おー。ごんこ(名)も入れば?一緒に」
「ぇえ!?」
「新八くん真に受けないでください。…あの、」
依頼人が抜け駆けしようとしていまして。
「今神楽ちゃんが取り押さえています」
「…どうしても!この通りじゃ!」
「「「「………」」」」
「明日行かないと、わしァもう無理なんだ!頼む!行かせてくれェェェ!」
「「「「……」」」」
「坂田さァん!」
「私からも、どうかひとつ」
宮野屋の主人が綺麗に灯りを反射させている脳天を見せて、必死に畳に額を擦り付けている。擦り付ける余りにほろほろと抜け落ちる物がある。その隣で女将も心ならずも頭を下げている。
「…俺だってよォ、そんなに頼まれたら嫌とは言えませんが」
「!いいんですか!?」
「坂田さァん…!」
「余命何日のじーさんが今まで厚く信仰してきたお山に最後に一度登りたいなんて、泣ける話じゃないですか。それが、何だって?同じように信仰するっつっても」
「お優ちゃんのライブだってェ?」
声低く割り込んだ新八くんの剣幕に宮野屋主人はたじろいだ。
「し…信仰するのが何であっても、掛ける想いは何も変わらないんじゃ」
「いやいや、違うだろコレ…」
「いえ!そうですよ銀さん!主人のおっしゃる通りです」
「…」
どうしたアルか新八の奴…と神楽ちゃんが耳打ちしてきた。
「ただ納得いかねーのはなァ。え?何だって?お優ちゃん?お通ちゃんの妹分で今売り出し中のお優ちゃんのライブだってェ?寺門通親衛隊隊長の僕でさえ涙を呑んで仕事優先にして来たってのに依頼人のあんたが今日から突然消えて明日お優ちゃんで楽しんで来るだってェ?納得いかねェ!もしもサプライズでお通ちゃんがゲストだったらどうする?!納得いかねェ!そしたら僕も帰りますからね銀さん!――あだッ!?」
「バカかおめー」
銀さんが冷めた目で新八くんを叩いて彼の怒濤はひとまずコンマを打った。主人はその様を見て膝に手を付きかしこまった形でぽつりぽつりと話し出す。切なそうに下を向くしわがれた目に、あたしたちは静かになった。
「十年近く前の事かな。この宿に江戸からの講団が来てな、その中に一人だけ女の子がいた。まだほんの子供じゃった、お優ちゃんじゃ…」
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