もしもペリーじゃなかったら





「え〜ハイ、繰り返しまァす。え〜ザリガニの天ぷら定しょ」
「ザリガニじゃねーよ!普通にエビって言えよ!」

「…スイマセンした。え〜、おしるこ1つでよろしいで」
「よろしくねーよ!頼んでねーし何おしるこでぼったくろうとしてんだよ!」

「俺が食べたかったんで」

「何でェ?俺の注文なんだけど!?」


中年の客が唾を飛ばして吠えている卓の後方では、ガシャンッと粗雑に盆が置かれた。


「へいッ。揚げ豆腐定食お待ちィ」

「何だこの飯の量はァァァ!?」

「このぐらい食べなさいよ全くもうう。体力つけないとお山のてっぺんまで行けないわよォ?」

「何?!お母さん?!」

「ちょっ、神楽ちゃん!」

やりすぎな店員の腕を引っ張り新八くんが静止した。お客さんに謝ってあたしは新しい茶碗に替えに行く。


「何アルか。私だったらあのぐらいペロリアルヨ」

「君の基準に合わせてたらもうこの国に米は無いよ!」

「ごんこ(名)ちゃーん!丼頼むー」

「はいはーいっ」


厨房の銅板の上をとろろ丼が滑ってきた。それを両手で受け止めて、お新香とお盆に載せて客席に運んでいく。決して広くないフロアだがそういうショートカットが欠かせないくらい忙しかった。しかも営業の妨害をする店員は約二名いるし。


「お残しは許しまへんでェェェ!」

「無理だからァァァ!!」

…どこかで聞いたセリフ。


「…お待たせしました、月見とろろど…」

「大変だねェ。まともに働けんのあなただけではないか」

「…あはは、まあ…」

お盆を握る手を握られてお客さんが話しかけてきた。分かってんなら離して、と思いながら笑いを返す。向こうで新八くんのお盆が銀髪に投げつけられている。


「老いぼれだけで切り盛りしている宮野屋で若い娘が働き出したって聞いたんで来てみたが、カカカッ。こりゃひどい」

お客さん絡めてギャーギャー騒いでいる店員三人、それを厨房から怒鳴る調理人の様子を鼻で嘲笑って言った。潰しにかかるまでもねぇな、とも溢した。何言ってんのこの人と思ったが言葉は飲んだ。


「ええとお客様。私も行かなければなので」

「あなた、うちに来ませんか?」

「…は?」

「うちもちょうど人手が足りないのです。どうか」

「いえでも…あたしは宮野屋さんに雇われた身で」

「こんな明日にも潰れるような御師(おし)に雇われたって、たかが知れてるだろう」


あたしがお盆から手を離してもなおお客の手はあたし手から離れなかった。


「うちならもっと出るよ。ね?来てくれたらきっとうちも繁盛だ」


ここと同じ稼業をしているのだろうか。親指と人差し指で円を作って腹黒く笑いかけてくる様子が、この人がついさっき呟いた言葉をフラッシュバックさせた。

『潰しにかかるまでもねぇ…――』


「今日は主人も女将もいないんでしょう?抜けたって何も言われやしませんよ」


何とかうんと言わせようとしてくるお客の顔が、急に目をひん向いてギャッと短く叫んだ。見ればあたしの手を掴む男の手の甲に爪楊枝が三本突き刺さっている。


「お客さァん?そちらの娘はお客さんのご注文に入ってませんが?」

振り返ると1つ向こうの卓から銀さんがお盆を拡張器代わりに声を飛ばしてきていた。


「お品書きに書いてあるお料理だけでお願いしますわ」

「〜〜〜ッ…チッ」


嫌なお客は丼に箸もつけず店を出ていった。どこかでお客さんが「大湖屋の旦那だ」とヒソヒソとしていた。
爪楊枝はやりすぎだと思ったが目配せで「ありがと」と、腰に手を当てて店の入り口を横目に見ている銀さんに言った。




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