もしもペリーじゃなかったら



離れた時にやっと大切な物が大切だと分かるっていうのはまんざら嘘ではないのを実感した。次元を越えた向こうには家族も親戚も友達も仲間もいる。いつでも帰れるんだと前向きに考えてみようと思えてきた。

携帯に保存されたプリクラはもう何度も画面に穴が空くくらい見てきたのに、忘れた頃にまた画面に出して思い返す。あたしの周りで湧く笑い声が蘇ってくる。みんな元気かなぁー。


「今度一緒に撮るネッ」

神楽ちゃんが横から覗いてはしゃいで言った。うん、そうしよう。ずっと大事にするよ。

自分はヒロインだ、と神楽ちゃんは足を組んでソファーにふんぞり返っている。突っ込みに磨きをかけなければな、と新八くんは漫画に描かれてることに照れくさっている。


「お前は人気投票とかあんま期待しねーほうがいいぞ」

「何でェ!?」


何にも心配することなかった。みんなはあたしのこと改めて歓迎してくれた。

「別の空間から来たとか、そんな難しいことなんて関係無いネ」

ようこそ、と笑ってくれた。万事屋銀ちゃんさすがです、ありがとう。




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「――ッ!寝坊したァァァー!!」

「バイトアルか」

「そう!今日10時出勤だったの忘れてたっ」


銀さぁぁんっ!

「――むぅ…なに」

「原チャリで送ってくれませんでしょうか!」

「いいけどォ〜待ってもうちょっと寝かして」

「スイマセン今すぐお願いします!」

「あ、でもごんこ(名)さん、雨降ってますよ?原チャリじゃ濡れちゃうんじゃ」

「んん〜?どこが濡れちゃうんだってェごんこ(名)ちブグッ――ゲホッ」

「新八くぅん、オヤジのセクハラが悪化してきたんですけど最近」


男の腹に拳を落として万事屋を飛び出した。こうなったらタクシーだ。ギリギリツーメーターくらいで行けるかな…。運よく拾えたタクシーに乗り込んだ。こっちじゃ籠屋とか言うんだっけ。


「運転手さん、山吹亭までちょっと急ぎめにお願いします」

雨しぶきを切って車が走り出した。時間には間に合いそうでやっと息をついた。万事屋銀ちゃんの看板を見上げたら、とくん、と一つ胸が鳴った。

梅雨も本番になってきて台風も近づいているらしいのに通りは人の往来で賑やかで、窓の外を流れていく景色がずっとカラフルな傘で可愛らしい。


「気持ちいい晴れも束の間だったねェエッヘッへ」

と運転手さんに話しかけられて前を向いて返事を返した。笑い方が少々変な人だと思った。
すると目に入ったものがあった。


「運転手さん、この本面白い?」

あの本だった。こないだ通りかかった本屋で見た。助手席シートの裏に挟まっている。


「おお、お姉さん知ってるのかィ?面白いよォ。そりゃもう夢や想像や可能性が膨らむんだァ」

バックミラーを見上げてエッヘッへと肩を揺らして笑ってくる。


「その時は難しそうだな、と思ってやめちゃったんです」

「そんなことない。要は信じるか信じないかだよ、未知の科学なんてものは」


信じるかどうかと言われたら…

「信じてますけど…この世界と違う同次元世界があるっていうのはね。でも」

「信じるか!そうかそうか。それなら一つ君も持っていくといい」

「え?…」

「遠慮しないで。後で渡すよ」


一つ持っていけとはどういうことだ。このおじさん配ってるのか?コレを?
運転席で前を向きながら、だけど時折あたしに視線を合わせてくる、そして同じ笑い方を繰り返す。…世の中にはいろんな人がいる。


「じゃあ運転手さんは信じてるんですよね?別世界を」

「もちろんさね」

「…じゃあこの世にその別世界から飛んできてしまった人がいるって言ったら、信じます?」

「もちろんさね。その実が本に書いてある」


そうなのか。あたしの他にもいるのか…
興味が湧いてきて本を手に取った。やっぱりずっしりしていた。
運転手さんが本の解説をしてくれた。何ページのどの図を見れば分かりやすい、とまで教えてくれた。メッチャ詳しい。読破したんだろう。
だけどそんな話をしているうちにバイト先に着いてしまった。いくらだろうとメーターを見たら、初乗り料金のままで数字が止まっていた。


「いいんだよ、何かの縁だこりゃ」

今度は豪快にハッハッハと笑った。そしたらその人はあたしよりも先に傘もささず車を降りて、トランクをガタンと開けた。雨は酷くなっていた。あたしも降りると、

「ほれ」

と新品の本を手渡された。


「あ、あのでも」

「気が向いたら著者に連絡を取ってみればいいだろう。これも何かの縁じゃ」


トランクには何十冊もの同じ本が箱に詰められていた。何だこの人は。著者の知り合いだろうか。
ここでも会計を断られた。どこまで気のいいおっさんだ。笑顔が超満足そうだ。


「じゃあなー」

と窓から手を出して走っていくタクシーを見送って、手元に視線を落とした。『異世界からの跳躍』はまるであたしが表紙を開くのを待っているかのようにずっしりと腕の中で構えていた。


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あきゅろす。
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