引く者と支える者(ジェピサフィ) 失礼します、と声を掛け扉を開く。 相変わらずの雑多な部屋、家畜の鳴き声、だがそこに居る筈の無い人間がいてジェイドは足を止める。 視力はいいと自負をしている、そんな視界に飛び込んできたのは金の主と白の元幼馴染み。 ジェイドが掛けた声には気付かなかったのか褐色の伸びた手を両手で掴み引っ張る男に無意識に眉が上がる。唇を震わす程度に詠唱を唱えればふわりと床に落ちている紙束が上がる。 はたと先に気付いたのはピオニーで、顔を僅かにジェイドに向け蒼を見開き青い手袋に包まれた指先を白に向け空気が凍える瞬間にピオニーが口を開いた。 「待て、ジェイド!」 澄んだ声は部屋に響く。びくりと指を揺らし舌打ちを零し発動直前で手を下ろし展開していた譜陣を打ち消す。途端浮いていた紙束が重力に忠実に落ちバサバサと音が響き漸くピオニーを引っ張っていた白銀が手を離す。 ジェイドの怒りは空気を伝い彼、ディストに向かう。眼差しが冷たく睨むよう注がれ引き攣った悲鳴を喉で零し鼻を鳴らす、一触即発の雰囲気にピオニーは盛大に溜息をはく。瞬間ジェイドは瞬きを落とし険悪が和らぐ。 チャンスとばかりにうろたえるディストの背中を押し部屋から逃がす、急に追いやられたせいか足を滑らせ幾らか派手な音が地面から聞こえ転んだ事が解るが金を翻し窓を閉めジェイドに後を追わせないよう立ちはだかった。 数秒の間を置き眼鏡を持ち上げるジェイドは苦い表情をあかさまに浮かべる。 ブウサギ達は危険を察知したのか逃げるよう四方の隅で鳴き声を殺す。 かつり、とヒールの音を鳴らし歩む。ジェイドを真っ直ぐに見据えるのは躊躇いのない空海だった。 「……あれはなんの用だったんですか」 「茶のお誘い」 「ほー?やれやれ」 さらっと返された言葉に信憑性がなくも軽い口振りにジェイドは追求を諦めるよう肩を竦め窓際まで辿りピオニーを追い詰める。 窓に手を置き書類をその胸に押し当て強く紅を深めるもやはり蒼は一度も揺れず更には笑った。 手強い、と飲み込み離れる。 書類を受け取ったピオニーは小さく笑い寝台に向かった。その金がふわりと揺れジェイドへ視線を向けず言葉を放つ。 「なぁ、ジェイド」 「お前は俺を椅子から引きずりおろさないよ、な」 「?」 もう皇帝なんてやめてしまいなさい! 貴方は、何故…っ 皇帝になん…か 「…悪い、忘れてくれ」 「ピオニー」 「……なんだよ」 「生憎私は貴方以外に仕える気がありませんので」 眉を寄せ僅かに振り返ったピオニーにジェイドが返せば蒼は面食らったよう丸く開かれ安堵に笑う。 屈託無い笑顔をする主にジェイドは無意識に微笑みを零した。 ごめんな、サフィール。 俺は俺で歩いていくからお前もちゃんと前を向いてくれ。 あぁ、だけど。 こいつまで巻き添えにはしたくないなぁ。 [前へ][次へ] [戻る] |