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最初、旦那はキッチンに居た。
俺や土方さんにキッチンの仕事を教えてくれたのは旦那だった。
旦那の仕事振りは、そりゃ真面目とはとても言い難いものだったが、それでもいつだってソツなくこなし店長の信頼も厚かった。
ただ、何度言ってもデザートやドリンクに使うチョコや生クリームをつまみ食いする癖がぬけず、やむなくホールに移動という顛末になったのは俺がここでバイトを始めて半年たった頃のことだった。
ランチの混雑した時間を過ぎると店内もようやく落ち着きを取り戻す。
ホールを見渡すと、待ち合わせまでの時間潰しに来た客や、静かに読書を楽しむ客がチラホラ居るだけだった。
そうなると仕事は楽なもんで、口うるさい土方さんが休憩に入ったのを確認すると同時に、いつも俺はその辺に立て掛けてある丸イスに腰掛け、窓から見える外の景色やホールをぼんやりと眺めてやり過ごしていた。
「暇だねィ…」
さっきの土方さんを思い出す。
あの動揺っぷり、結局いったい何個のハンバーグを無駄にしたのか数えるのも面倒なぐらいで、土方さん自らが時給を下げるよう店長に申し出る程だった。
いつだったか、旦那に対する土方さんの気持ちに気づき、なんとなしに、そうなのかと土方さんに問いかけた時があったが、その時の動揺っぷりと今日の動揺っぷりはいい勝負だったと思う。
あの時、土方さんは「なんでバレたんだかまるでわからない」と言うような顔をしていたけれど、俺に言わせればなんでバレてないと思っていたんだかまるでわからない状態だった。
旦那がキッチンからホールに移動することが決まった日の土方さんの落胆ぶりなどを見れば猿でもわかると思うのだが、気づかずは本人ばかりなりという訳なのであろう。
旦那をホールに移したのは正解だった。
土方さんにしてみればそうでないのかも知れないが、旦那をホールに移してからの客足は右肩上がりだと以前店長が嬉しそうに話していたのを聞いたことがある。
アイツは人を惹き付ける、と言っていたのはこの春までバイトしていた近藤さんだったか。
「確かにねェ…」
キッチンに肘をつきホールを眺めて独りごちる。
此処から見渡すとよくわかる。音楽を聴いたり本を読んだり、自分の空間の中で過ごしているはずの客たちが、きっと無意識なのだろうチラチラと旦那を見ていることに。
人を惹き付ける人間というのは存在する。俺はそれをここで働き出して実感した。
見た目が目をひく、と言うのもあるのかも知れない。でも、それだけだとは思えないなにかが旦那の中にはあった。
「それにしても、あの土方さんの熱の入りようは大変ですぜィ…、っと」
チラ、と近くに座っている客がこちらに視線をよこした。いけない、どうにも一人ぼんやりしていると独り言が増えるようだ。
ホールでは旦那がまた楽しそうに客の何人かと談笑していた。こんな姿、土方さんが見たらきっと気が気じゃなく大変だろう。
土方さんも質の悪いお人に惚れたもんだ。あの人は誰のものにもならない皆のもので、手に入れるなんて土台無理な話なのに。
そう分かっていても、振り向かせたいと思うのは人間の性なのだろうか。
あの眼帯の男。土方さんには恋人なんじゃないか、なんて言ったけれど、あの男もきっと、手に入れたいと、振り向かせたいと思っているうちの一人なのだろう。
「旦那ァ」
呼ぶと、旦那が視線をこちらに向ける。
それだけで自然と口元がゆるむ。
「デザートの余ったイチゴ食べますかい?」
誰もが皆、この人を振り向かせたくて必死なのだ。
旦那のホールへの移動に落胆したのはなにも土方さんばかりじゃない。
終
実は沖田も銀さんを好きだ的なね
そしてもうカフェでもなんでもない的なね
制服とか一切触れてねェ…!
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