おかえりMoonlight(幸佐)
死ネタ注意


烏が一羽、帰らなくなった。
秋の始まり、あざやかな橙の髪が朽ち葉にまろやかに溶け込む時期に、烏は笑って羽ばたいた。
お仕事だからね。少し長くなるかもしれない。必ず帰るよ。お土産も持って帰るからさ。だから、ちゃあんと大人しく待ってなよ?
そう言って、他には見せない甘い甘い笑顔を見せて、烏はとろりと闇に溶けた。

帰ると告げた日付を大きく越えても、烏はまだ帰らない。赤い黄色い茶色い季節が、ゆっくり通り過ぎた。それでも烏は帰らない。
ああ心配だ、あの烏はとても寒がりなのに。こんなに辺りが白い日なんかは火鉢から離れやしないくらいなのに。どこかで凍えてはいないだろうか。いいや、そんな間抜けな真似、あの烏がするはずもない。だって烏がああして情けない振る舞いをするのは、主の前だけなのだから。

冬の月は、冷たい。きいんと凍りついて、触れればこちらまで凍り付きそうなくらいに白い。それなのに、今夜の月はどうだろう。薄い雲の間から見える光は、静かな赤だ。
あの烏は、赤は目立つから好まぬがこのように静かな赤は暖かくて好きだといつかの月夜に言っていた。まあるく満ちた月は、ほろほろと赤い光をしたたらせてうつくしい。
こんな月夜なら、烏も帰るやもしれぬ。
はたと思い立ち、庭へ出ようとする。だがこんな薄着で居ては、あの心配性の烏に叱られてしまうだろう。部屋に戻り、上掛けを羽織り、寒がりの烏のための上掛けも手に持つ。何せ烏が出掛けたのは、秋の始めだ。上掛けなんて持ってはいまい。
しゃくりと淡く積もった雪を踏みながら庭を歩き、俺様しか知らない道だよ。と、幼い彼に烏が教えてくれた抜け道から、外へ。吐く息がしろくぬるい。赤い月光を吸った雪は、ほの赤く輝いていた。
ああこんな夜にならやはりあの烏は帰るやもしれぬ。
どこか愉快な気持ちになりながら、彼は赤い雪の中を無意味に歩いた。その間も頭は、昔ここで稽古をつけてもらった。ここでは木登りをした。ここで共に屋敷から持ってきた握り飯を食べた。ここでは野草の見分け方を教わった。と、烏との記憶を辿ることに忙しい。
ねえ旦那。俺様、もしも旦那の知らないところで死んでもさ。絶対、絶対、あんたのところに帰ってくるぜ。不可能だ?馬鹿言うなよ、俺様忍だぜ?なんとかして帰るに決まってんだろ?だからさ、ちゃあんと気付いてくれよな…旦那。
ばさりと静かな夜に似合わぬ羽音。音のした方へと視線を向ければ、一羽の大鴉と目があった。ひたりとこちらを見つめる眼差しは、深く澄んでいる。
気付けば彼の足は、大鴉の飛ぶままに後を追っていた。雪に足をとられながら、ひたすらひたすらに大鴉を追いかけた。
辿り着いたのは、ちいさな山の深く。灯りひとつ持たぬままだったが、月明かりを雪がはじいて十分に明るかった。人目につかぬ、木の根元。不自然でない程度に少しだけ削られた木肌。知らぬ者が見れば、獣の仕業だと思うだろう。
だがこれは暗号だった。幼い頃に、遊びでつくったふたりだけの暗号。他の誰にだって理解できないふたりだけの。
暗号を辿り、ひたすら辿り、また山をさまよう。
最後の最後に辿り着いた木の下、幹にしかと刺さった苦無には見慣れた迷彩の布。ふうわりと積もった雪をかきわければ、その下にはちいさく白い烏のかけら。顔も体も既に獣に跡形もなく貪られて、残ったのは骨といくつかの装備。それから苦無についていた布にくるんであったあざやかな橙だけ。
そう、そんな姿でも烏は約束通り帰ってきたのだ。烏は、ちゃあんと帰ってきたのだ。

「……よくぞ戻ったな、佐助」

大切そうに白いしゃれこうべを抱きしめる男を、大鴉と赤い月だけが静かに見ていた。






リク小説書こうとしてしくじった物(爆)死ネタ好きすぎないか私
とりあえず2人ともそれなりに幸せ

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!