烏があかく鳴くときは(幸佐)
だらだらと血がこぼれる。傷口は既に痛みよりも熱を強く訴え、そのくせ末端は血が足りないせいでひどく冷えていた。

ああもう、血の染みはなかなか取れないってのに。

つらつらと呑気とすら言えることを考えながら、目は大事な大事な赤色を探す。もちろんその間も武器は新しい血をいくつも吸っているのだけど。

あれだけ考えなしに突っ込むのは止めろって言ったのになぁ。

一瞬血で喉が詰まりかけ、かはかはと咳き込んだ。掌に散った赤はやたらと鮮やかで、少し眉をしかめる。赤いのは、あれひとつでいいのに。

「困ったもんだね」

血はとまりそうもない。けどどうせ痛みはないのだからどうだっていい。問題はあの赤が無事かどうかだけだ。

「怪我、してたらやだなァ」

あの人、戦から離れたら途端にダダッ子なんだもん。薬だってろくに飲んじゃくんないし。
くつくつと笑いながら歩く。歩く。己が切り裂いた屍を踏みこえ、あの赤が焼き滅ぼしていった敵を乗り越え、ただひっそりと闇のように。
じりじりと進む歩みは、傷だらけの足のせいか常に比べてかなり遅い。それでも常人よりはずいぶんと早く、血だまりを跳ねさせ内臓を踏みにじり骨を砕きながら前へ前へ。

ふ、と。

視界を焼く眩い烈火。
赤々とした朱金混じりの炎は、天をも焦がす勢いで辺りを燃やしている。

ほんと楽しそうに戦うったらないね、旦那ってば。

存在を知らせるためだけに烏を呼んで、極短距離の移動。ついでに重苦しい武器も赤色の背後の敵を倒しがてらにうち捨てる。長く飛ぶには、腕に傷を負いすぎた。もう全ての感覚がいっそ虚ろだ。

「おお!援護すまぬな、…さす、け?」

「もー、旦那ってば突出しすぎだっての。おかげで俺様ズタボロになっちゃったじゃん」

「さすけ」

「ほらもー、血まみれ。って言っても痛みはないんだけどさ」

呆然と名を呼ぶ主に、からからといっそ脳天気な笑い。その間にも迷彩の忍装束は、鮮やかな赤に染まりほたりほたりと滴をしたたらせている。
血だまりに跳ねる水音と燃え尽きぬ炎の音がやけに耳につく。不思議なのはこれほどの傷を負ってなお、視認するまで怪我の存在を悟らせなかった乱れのない忍の呼吸と声。
視界に入る様はいっそ凄惨とさえ言えるのに、瞳さえ閉じてしまえばいつもの戦場の風景そのままだ。

「さ、すけ、傷が」

「うん、これはちょっといくら俺様でも死ぬわ」

「嘘であろう?さすけは、死なぬ」

「うん、ごめんね。旦那」

ほんの少し痛みの混じる笑み。体ではない心の痛み。それはほんの少しの寂しさと憐憫。

「でも死ぬ前にもう一度旦那に会えてよかったよ」

「駄目だ佐助、某を置いていくな」

「その我が儘はちょっと、聞けないなぁ」

ごめんね。また、小さく呟いて。いつの間にかただでさえ密やかな呼吸はさらに微かになっていて。とまらない血は今も流れつづけている。
不意にくらりと傾いだ体を抱きとめる。戦場の真ん中で屍の上で抱き合う姿はさぞかし滑稽だろうと思う暇も今はない。

「佐助、さすけぇ…」

「うん、」

「逝く、な…さすけ」

「うん、」

「お前がいなくなったら、某の後ろは誰が守るのだ…」

「うん、」

「お前が居なくては某は何も出来ぬぞっ」

「ごめんねぇ、旦那ぁ」

静かに静かに瞳を閉じて、肩口に顔を埋める。抱きかえしてやりたいが、既に腕に力が入らない。
ああもうほんと、いよいよ終わりかぁ…

「ね、だんな」

「聞きたくない」

「おれのことは、お願いだからわすれてね」

「嫌だ、俺は…俺はそのような願いは聞きたくない!」

「ああもう……ほんと、ゆきむら様は、わがままばっかりだね…」

でも、嫌いじゃなかったよ。
ふつりと最期の最期の本音。初めて呼ばれた名前と、初めて見たあまりにも柔らかな優しいだけの笑顔。皮肉な色なんてどこにもない、ただ甘いばかりの砂糖菓子のような笑みだった。





幸佐。死ネタばっか書いてますね私。とりあえず佐助は幸せ。でもホントは甘々いちゃっぷるな幸佐が書きたい。
にしても唐突に始まり唐突に終わる話だなぁ…(いつもだよ)

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あきゅろす。
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