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短編
商人根性
*とらあなED





激しい雨の中、どうにかたどり着いたホテルは、街の外れ、恐らく普通は使用しないであろう少々老朽化の進んだ建物だった。
こういう古いホテルでは碌な目に遭ったためしがない。
一度、危うく部屋に引きずり込まれかけた記憶がよみがえる。
少々アキラはためらったものの、文句は言っていられなかった。
シキはもうそのホテルめがけて一直線であるし、この雨にむざむざ体力を奪われるというのもいただけない。
おとなしくシキの背中を追って入ったホテルは、やはりどこか妙な雰囲気があった。
間違いなくホテルだ。
しかしそれくらいならここまで違和感を抱く必要もないだろう。
何故か、アキラの勘に異様に引っかかるものがあった。
表現しようのない何かが、確かに。



「来い」



シキに促されてついていく足取りも重い。
細い階段を上ってあてがわれた部屋の前まで来たところで、その違和感はより大きなものになった。
今までホテルに泊まった回数そのものは多くはない。
だからこそ、このホテルが今までのものとは違うと思った。
表現しにくいのだが、場違いのような。



「…先程から何を考えている」
「…なんか、妙じゃないか?」
「野宿が好みか」



シキはアキラの考えを一笑に付し、部屋の鍵を開けた。
かと思うと、閉めた。
なんとなく、問うのがためらわれた。
彼はその動かない表情の下、恐ろしく逡巡しているような気がした。
シキらしからぬその心の動きは、百戦錬磨の男だから持ち得る防衛本能が働いたからかもしれない。
だとしたら、このホテルからは出たほうがいいだろう。
この雨の中あまり動きたくはないが。



「出るか?」
「いや」



彼はたっぷり数秒ためらい、ドアを開けた。
ということは泊まれないわけではないのだろう。
シキの移動に合わせて一歩足を踏み入れたアキラは、そこで漸くシキの躊躇いの真相を知った。
あてがわれたホテルの一室は、なぜか照明がピンクであった。
その上円形のベッドに、あまり開けたくはない引出しに、透けているシャワー室。
これは普通のホテルではない。
アキラの頭でも、それはすぐさま理解できた。
別の用途のために建てられたものである。
体裁は普通のホテルでも、中身の改装までは手が回らなかったのだろう。
そういえば、隣の部屋から切羽詰った声がし、天井がきしんでいるような気がしてきた。



「もう一室取っていいか」



金は無駄にかかるだろうが、ここに二人でいると、普段閨を共にしているくせに、事に及んでいる時以上の気恥ずかしさに襲われる気がした。
それはシキもそうだったようで、何も言わずに金を渡してきた。
どうせこのホテルは空室が多く、隣の部屋も空いているから可能だろう。



「…なにかあったら電話するからな」



アキラの声にシキは頷いた。
彼も一応、この状況が思わしくない、という部分はあったらしい。
一人部屋を後にしたアキラは、今後こういった施設に泊まらないで済むように、情報屋への根回しは欠かさないでおこうと、肝に銘じた。
その後、フロントまで戻ったアキラがこのホテルには宿泊客など一人もいなかったと気付くのは、別の話。







商人根性






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