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短編
血腥く君を愛そう
*殺し合いED






「聞こえない」


冬、である。
肌を刺すほど冷たい空気のおかげで空は異様な青さを誇り、道行く人間はそれを避けるように足早に過ぎていく。
それはアキラも例外ではなく、やっと引っ張り出してきたコートとマフラーに埋もれるような形で、どうにか寒さをしのげる場所を探して先程からそこいらの店の中をのぞいていた。
だが生憎とどこも満席で、彼は嘆息した。
溜息も携帯端末越しに聞こえたのだろう。
なにやら喧しい声がする。
この依頼人とは金でできた縁である。
だから、同じく金で切れる縁だ。
これから逆に手にかけられるのだと気付いていない憐れな人間は、それでも一応雇い主であるから、無碍にはできない。


「仕事はする」


そう告げて、切った。
再び大きく吐き出した息が、白い塊を作って消えた。
つい先日、亜熱帯地域から帰国した体には、この寒さは堪える。
とはいえ泣き言は言えない。
何の因果か、いつのまにか名の知れた暗殺者となった彼に休む暇はない。
金は、なければ無いで困るのだ。
小さく鼻を啜る。
復興目覚ましいこの地区には、交通量が激しいうえ人間も多い。
いちいち信号を待たねばならないことが、この街の欠点か。
裏稼業の人間が表向き消えたここは、どうにも自由に息ができなかった。
すっかり帰れない場所まで来てしまったということだろう。
アキラはそれを後悔していなかった。
もはやどうしてこうなってしまったか、その根源の理由たる記憶がおぼろげになっていても。
やたら大型で、黒い煙を上げながら複数の軍用車両が道路を行く。
内戦が終結して何年か経っても、軍隊は我がもの顔だ。
その内部が予想以上に腐敗していることを、アキラは知っていた。
とはいえ、仕事でない限りどうしようとも思わないが。
それが過ぎ去って、人ごみはあるものの一応開けた視界の向こうに、一人の男がいた。
集団の中にいれば、自ずと目を引くはずの容姿を、見事に紛れ込ませた男が。
最近はアキラも年を取って丸くなった。
以前のように、すぐさま刀を抜くような真似はしない。
ただ短く息を吸って、深く吐いた。
彼はこちらに気づいているのか。
気づかないはずがない。
もう長いこと、お互いしか見ていないのだ。
信号の色が変わった。
人に流されるように、一歩踏み出す。
合わせてあちらも、進む。
長いコートの裾から忍ばせたナイフをのぞかせて、一歩一歩、光に急かされながら進む。
彼の顔が視認できるところまできた。
彼は、笑っていた。
アキラも笑う。
先程までの無表情が嘘のような、毒々しい笑顔だった。
握手でも求めるように掲げられた手の内のナイフに触れないように素早く、そして恐ろしい力で彼はアキラの左手首を掴んだ。


「餌が欲しいか」


耳元で、こちらを嘲笑う声が確かにした。
そして、指先で優しく撫でた。
あとはお互い見向きもしないで歩いていく。
アキラは、ナイフを再び上着に戻して、何事もなかったかのように路地裏へ向かった。
そこに来ればやっとまともに息ができるような気がした。
相変わらずひどい匂いの場所で深く息をした瞬間、笑いが込み上げてきた。
それを押し殺すことはせず、独り笑う。
彼がいるということは、どちらにしても仕事で会うだろう。
そういう運命としか思えない。

先程触れられた手首をなぞる彼の指先は、限りなく優しい。
浮かべた笑みの獰猛さと真逆に、どこか愛しげですらあった。







血腥く君を愛そう







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