[携帯モード] [URL送信]

短編
バックオーライ
*とらあなED







「車の運転できるのか」


アキラはのんびり声をかけた。
シキはその声にも反応しなかった。
ハンドルがどうのギアがどうの言っていたので、きっとなにかしらの調整が必要なのだろう。
そう合点したアキラは必要最低限の荷物と刀をトランクに置き、それから水分補給用にと用意したペットボトル片手に車に寄りかかる。
珍しく遠くへ移動するに当たり、足として車を用意したまではよかった。
しかし生憎アキラにはバイクくらいしか運転できない。
車となると、勝手が違って難しいと思っていたのだ。
シキがやってくれるなら心強い。
そう思いながら、とりあえず長くなるのでソリドと水を貪っていた彼に、声がかかった。


「乗れ」
「ああ」


言われるままドアを開けるか否かというタイミングで、いきなり車が発進した。
幸いアキラはドアに手をかけていたのでそのまま絶叫し走りつつ、どうにかこうにか助手席に体を滑り込ませることに成功したものの、もしそれが叶わなかったら、この路上に投げ出されたのだろう。
腹など出しているから、ひとたまりもない。
思わず呼吸を荒げながら、ゆっくりシキを見る。
シキはさして表情を動かしていない。
これではまるで騒いだ己がおかしいような気さえしてくるものの、あれは叫んでもいいはずだ。


「まだ乗ってなかったよな?」
「今は乗っているだろう」
「乗る前の話だ!アンタ俺を引きずって走りたかったのか!」


その叫びが終わらないうちに、急ブレーキによってアキラの体が前方に投げ出された。
速度があまり出ていなかったからフロントガラスに軽くぶつける程度で済んだものの、痛いものは痛い。
頭を押さえて呻くアキラに対しても、シキの態度は変わらなかった。


「シートベルトを締めろ」
「…ほかに言うことないのか」
「俺は軍隊式の運転術しか知らんのでな」


シキは、前方を見ながらうっすら笑った。
アキラにはそれが、死神の笑みに見えた。


「戦場というものを思い知らせてやろう」
「ここは市街地だぞ」
「お前は従軍経験がないのだろう?」
「なあ、今からでも変わってくれ。変われ今すぐに」


その呼びかけもむなしく、前方の信号が青に変わった瞬間、無茶苦茶な速度で飛び出すとカーブをドリフトで駆け抜けていく。
ここは一般道であり、そこらに勿論普通乗用車やらバイクやら歩行人やらがいるのだが、それに当たらないあたり器用なのかもしれない。
そう思っている暇もアキラにはなかった。
彼の体は、シートベルトで固定していなかったばかりにあちこちぶつかりながら、形容しがたい叫びを発していた。
シキが窓を開けて運転しているものだから通行人たちにしてみたら誰かが犯罪に巻き込まれたように見えたのだろう。
そもそもこの車自体が盗難車ということもあるのだろうが、やっと信号に引っかかった段階で意外と早く軍人がやってきた。
それを視認しながら、シキはまた笑った。


「このまましばらく行くと川がある。その手前で飛び降りろ」
「……アンタ……、」


アキラは喉まで出かかった言葉を飲み込まざるを得なかった。
そうしないと、先程食べたソリドと水が逆噴射することとなる。
ただでさえ体のあちこちに打撲を負っているのに、そのうえ体中半固体半液体にまみれるのだけは御免だ。
その一心で黙っているのに、シキはそれを了解の沈黙と取ったらしい。
こういうときにコミュニケーションの大切さを思い知るのである。
目前まで迫った軍人を、ひとり頷いたシキはあっさり轢いた。
もう思い切り、宙を舞った軍人とアキラは刹那目があった。
彼は意味が分からないという目をしていた。
それは、アキラも同じである。
そして再びの急加速。
いい加減命の心配を始めたアキラの視界に、川が映った。
もはやこうなるとやるしかないのだろう。
激しく揺れる車体のドアにしがみついて、飛び降りる瞬間アキラは叫んでいた。


「これで死んだら、アンタ呪ってやる!」


恐ろしい速度のまま策を突き破り、車体がわずかながら浮いた。
その瞬間、アキラは車から飛び降りた。
背の高い草と土だらけの地面に投げ出され、そのまま転がっていく。
背後でけたたましい水音がした。
車が川に突っ込んだのだろう。
シキはあの様子なら死なないだろうから、とりあえず己の体を顧みた。
全身をくまなく鈍い痛みに支配されている。
ついでに気持ち悪い。
吐きたい。
しかし、恐らく追ってくるであろう軍人連中から逃げなければならない。
できるだけ気配を殺して這いずるアキラは、ようやく落ち着けそうな場所を発見し、横たわる。
次は。
次の街へ移動する際は、絶対にシキには運転させないで、バイクかなにかの後部にいてもらおう。


「生きているか?」


どうしてそうすぐにわかるのか、全身ずぶ濡れのシキは匍匐前進しながら寄ってきて、勝ち誇った笑みを浮かべている。


「軍隊式もたまにはよかろう」


アキラは、抗議をすることも、怒りをぶるけることもなく、とりあえずその場で吐いた。










バックオーライ





[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!