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短編
かすかにかおる
*とらあなED




この時期の暑さの不快感は表現できる言葉の範疇を超えている。
日差しは強く、路地裏特有の湿気の籠りやすさと匂いも相まって気分を崩しそうですらある。
アキラは汗ばみ、極力息を止めながら顔を顰めて地図を広げる。
仕事に必要なもののひとつなのだが、どうにも古いもののようでいまいち判らない。
おかげでいつまでたっても目的地に着かない。
それだけでも苛ついているのに、背中にべったりへばりつくように付いてくる人間の重みと熱が、さらに神経を逆なでしていた。
時折後頭部やら首筋やらに息が吹きかかる瞬間など、どなってやろうかと思うほどだった。
この男の奇行は今に始まったことではない。
さすがに最近は動じなくなってきていたのに、この暑さにこの行為をするあたり、まだまだアキラに理解しえない領域がある。
それでもここまでは、いつかやめるだろうと希望をもって放置してきた。
もう限界であるが。
舌打ちを一つして、滴る汗を拭う。
拭った傍から背後の男の髪から汗が垂れてきて、地図に落ちた。



「なんなんだアンタは」



もう辛抱たまらず振り返りざま言うと、シキは相変わらずあのにやにやした顔を崩していなかった。
ますます苛ついて、その後のことも考えずシキの足を思い切り踏んだ。
痛みは少なからずあるだろうに表情を崩さない。
それどころか、さらに笑みを深めた。



「この跳ねっ返りが」
「気持ち悪い」



吐き捨てて今度は手に持っていた地図で頭を叩こうとした。
それはあっさり止められた。
腕を上げたとはいえ、こういうときにも、力の差を見せつけられているようで腹立たしい。
アキラは少しの間歯を食いしばり、やがて静かに、しかし怒りは隠そうともせず言った。



「暑いって言ってるだろ。アンタ、汗まみれの人間にへばりつく趣味でもあるのか?」



空いている右手で胸元を叩く。
叩いても、この男は動じるどころか涼しい顔だ。
そもそもシキはこういう環境に強いようで、この道に入った時もさして表情を変えることはなかった。
異臭に強いのか。
アキラはよくわからないけれども、雇われ軍人には必要なのかもしれない。



「遅れるぞ」



シキは問いかけに答えず、ただ笑ってかっちり嵌められた首輪を小突く。
これさえなければもう少し涼しいだろう。
というより、この服装そのものが暑い。
それでも変えようとしないのは、アキラ本人の意思だから仕方ない。
言いたいことはそうではなくて、どうしてくっついてくるのか、ということなのに。
アキラは答えないシキに何か言おうとして、結局止めた。
言葉にしたところでこの男には堪えない。
なにより、その労力が無駄である。
暑いのはもとより仕方のないことなのだ。



「判ってる」



アキラはぶっきらぼうに言い、歩き出した。
目的地が近いのか遠いのか、いまいちよくわからない。
時間だって、間に合うかどうか。
それでも行くしかないのだ。
シキは先導するつもりはないようだし、ここに立ち止っていては埒が明かない。
再び歩き出したアキラの項を、またシキの吐息がかすめた。
短く息を吸い込んだアキラは、振り返りざま今度は利き手でシキの脇腹を殴った。







かすかにかおる









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