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短編
人工呼吸でいいです
*とらあなED





朝目が醒めて、真っ先に確認することがシキの呼吸なのだから笑えない。
まったく笑えない。
きちんと生きていることが確認できたらようやく、落ち着いて呼吸ができる。
それからふらふらと出来合いのものを胃に詰め込んで、そしてさして興味がないよう振舞いながら、祈るように、シキが起きるのを待っている。
彼が起きたらいつものように笑ってお早う、と言える。
それはずっと繰り返してきたことだった。



「何故理解しない」



とシキは唐突に昼下がり言った。
丁度暑くなってきたから、昼飯にと頼んだ冷やし中華がうまい、とか、仕事が厄介だ、とか、どうでもいいような会話の中にいきなり彼はその言葉を放り込んできた。
思わず聞き返しても、シキは表情を崩さずに吐き捨てた。




「気づいていないとでも思ったか」
「…嫌なら言えよ」
「俺を信じられないのだろう」
「なんでそうなる」




意味が分からない。
本気でアキラはそう思った。
そう告げるタイミングというものがあるだろう。
なぜ今なのか。
これから仕事で別行動になるから、ついでにか。




「死人を見るような目で見ておいて」
「だから、謝ってるだろ」
「面倒な男だな、貴様」
「悪かったな」




冷やし中華はうまい。
特に、このハムが。




「アンタもああいう生活してれば癖になるだろ」
「貴様がそうなっても捨て置いてやろう。…俺の時も、俺ならそうしていた」




アキラは思わず箸を置いた。
そしてまじまじ、シキを見る。




「正気か」
「当然だ」




ふぅん。
アキラは綺麗に麺を平らげた。
運ばれてきたデザートも、数秒で飲み込む。
そしてすべての食器を脇に退け、にっこり笑った。
その左手に握られていたコップが唸りを上げてシキの頭部にぶつけられた。
腕に阻まれて直撃こそしなかったものの、コップの中身の水がシキに少しだけかかった。




「自分の感情を人に押し付けるな」




シキは冷たくそう言った。
そこからはもう酷い有様だった。
ありとあらゆるものが武器になり、店主が這う這うの体で店から抜け出し警察を呼ぶまで、その乱闘は続いた。
お互い別々の窓から脱出した二人は、それきり仕事で数週間合わずじまいとなり、やっと仕事を終えたアキラが塒に帰ってみたら、そこはもう違う人間に使われていた。
これで誰かが死ぬ夢だとか、誰かが起きない夢だとかに神経をすり減らさずに済む。
アキラは一人背伸びをして、その街を後にした。


別れとは唐突なもので、いとも簡単に関係性は壊れるのだと、その際アキラは思った。
しかし縁とは奇妙なものらしい。
そう間を置かず、シキと出会った。
尤も出会うというより、自分の身動きが取れなくて、たまたまシキが通りかかったというだけの話であるが。

ちょっとしたへまのせいで足の骨を折った。
ついでにあちこち斬られたせいで、絶対安静の入院を言い渡されていた時のことである。
目が醒めたらなぜかそこにシキがいた。
彼は、アキラの記憶の中のシキより少しやせているように見えた。
かくいうアキラもあれから体重がかなり落ちた。
お互い様か。




「なんだその様は」
「見たままだ」
「雑魚が調子に乗るからだ」
「アンタだって」




不思議な話。
以前、トシマにいたとき、人恋しさを覚えること自体なかった。
まして再び会えたことに、泣いて喜ぶことなどありえなかった。
他人というには少々近い位置にいるからなのだろうか。
建前はどうでもいいような気もするが。




「泣くな」
「うるさい」
「…あれは」
「あれって」
「言い過ぎた」




どうにも奇妙なことは重なるらしく、謝るシキを見ることができた。
アキラは笑おうとしたけれども、生憎うまく泣くこともできず、奇声の如く声を引き攣らせていたから、どだい無理な話だった。
今まで聞いたこともないような酷い声だというのに、シキは笑わなかった。
それどころか優しく頭を撫でてくるから、ますますアキラは声を引き攣らせて、殆ど叫ぶようにシキの名前を呼ぶこととなった。









人工呼吸でいいです









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