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短編
ロマンの独唱
*とらあなED




悲しいことに、言われたことがまさしく真実であるからこそ、アキラの悩みは深かった。
普段通りの罵り合いのさなか、シキの吐き捨てたことが悪口ではなく事実なのだから、手に負えない。
普段なら数十分後には気にせず話せているのに、喧嘩をしたのは朝で、今はもう日が高い。
いまだに口すら聞けないどころか、アキラはシキを避けている。
怒っているわけではない。
事実だから訂正しようがない。
怒りを数時間も持たせるなど、アキラにはなかなか難しいことだった。
特にシキとは、年がら年中こんな具合だから、何時間も怒っていたら身が持たない。
怒りというより、気まずさだった。
それも、一方的な。



「それでここにきたと」
「……そんなとこだ」
「勘弁してくれよ、おいちゃんの部屋は秘密基地じゃないんだぞ」
「すぐに行くから、飯だけ食わせてくれ」
「旦那が用意してるだろ?」



そこなのだ。
思わず顔を手で覆ったアキラに、源泉は怪訝そうな顔をする。
彼にしてみればその言葉は何の嫌味もなく、茶化すために言ったのだ。
普段からそうである。
それを、アキラが勝手に過敏に反応しているだけだ。



「…大丈夫か、アキラ?」
「ああ…多分」




源泉に聞けるはずがない。
というより、聞いてはいけない気がする。
普通人には聞かないだろう。
だからアキラは再び黙った。
聞けないであろうことを言ったところで答えはないし、なにより源泉の目が。
彼の目が、きっと非常に形容しがたい色になる。
時折見せるそれは、アキラの中に僅かでもあるらしい良心とやらを、ちくちく刺激した。



「痴話喧嘩においちゃんを巻き込んでくれるなよ?」
「…ごめん、おっさん」



とはいえ、一人では答えが出ないと数時間前に結論付けたのだ。
誰かに聞かなければいけない。
しかし誰に。



「帰る」



それだけ言って、アキラはふらふら立ち上がった。
大丈夫か、と声をかけてくる源泉に無言で頷き、外へ出る。
初夏の日差しは憎たらしいほど爽やかだった。
そんな日差しの下、行くあてもなく街を行く。
この街は、ないものはなかった。
広すぎて賑やかすぎて、どうにもアキラは好きになれない。
裏通りに入ればその筋の店も多く、むやみやたらに増改築ばかりするから、光がほとんど届かない場所だってある。
そんな少々汚い道を、アキラはあちこち見ながら進む。
店の数がほかの場所と比べて段違いだから、女には困らない。
しかし。



「なにをしている」
「別に」



結局何もしないでその道を抜け、曲がりくねった道を行くと、丁度仕事を終えたらしいシキにつかまった。
なにやらよからぬことでも考えているのか、とおってきた道とアキラを見、みるみる表情を消していくシキの鼻を、アキラは摘まんだ。



「どうせ俺は、アンタしかいないんだ」




指先に力を込めていく。
シキの眉間に皺が寄るものの、彼の顔は先程とは打って変わって、なんとなくにやついているように見えた。



「悪いか」
「かわいいことを言う」
「寄るな気色悪い」



シキの体を押しやって、アキラは足早に道を抜けた。
悠々と後からついてくるにやにや笑いのシキの顔面にぶつけやすいものが何かないか、目を皿にして探しながら。









ロマンの独唱





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