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短編
まっすぐ歩け
*とらあなED





あれが食べたくなった。
食べたいという欲求を抑えることはなかなかに難しい。
だがあれは、一筋縄にはいかない。
なにせ傍らの男を説得する必要がある。
そして今日生憎彼は機嫌が悪かった。



「なぁ」



うんともすんとも言わない連れを説得となると、非常に骨が折れる。
しかし、やるしかない。
腹をくくったアキラは、前を行く男の服を引っ張った。
だが、止まらない。
悠然と、それでいて近寄りがたい雰囲気のまま、歩いていく。
困った。
本当に困った。
このままでは食べるなどまず不可能だ。



「聞けよ」
「くだらんことを言ってみろ」



振り返ったその目には、あからさまに斬るとあった。



「…じゃあいい」
「貴様にも学習能力があったか」



いやな笑みを浮かべたのも瞬間で、すぐさま無表情に歩きだす。
これは、無理だ。
しかし食べたい。
もうすぐそこまで、アキラが焦がれてやまない匂いを撒き散らす屋台が近づいている。



「アンタ、ちょっと落ち着いたほうが」
「だからあそこであれを買えといいたいのだろう」



見抜かれる、というのは予想外であった。
思わず止まったアキラを冷たい視線が射抜く。
買えるなら買っていた。
財布をシキが握っていなければ、そして、彼が思いの他節約する性質でなければ。



「馬鹿馬鹿しい」



吐き捨てたシキは、それきり止まることなく歩いていく。
そしていよいよ屋台のそばまで行ったら、いきなり一人分の金を突き出した。
有無を言わさず返しに出されたそれを、アキラに突きつける。



「これで黙れ」



おずおずと、それを取る。
温かい。
肉とスパイスのいい匂いがする。



「……アンタは?」



問いかけに、シキは答えない。
ただ黙って、先程よりゆったり歩く。
その背中を追いかけながら、アキラは買ってもらったそれを幸せそうに頬張った。









まっすぐ歩け





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あきゅろす。
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