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短編
幸福なライオン
*とらあなED





くちゃくちゃぐちゃぐちゃ、そういう類の音がここには満ちている。
アキラは一人箸を置き、水を飲んだ。
食卓に並ぶのは、それは豪華な料理だ。
色とりどりで、美しくて、量が少ない。
普段ならば即座に平らげてしまうようなそれらに、彼は一切手をつけていなかった。
別に食うなと言いつけられたわけではない。
悲しいかな、アキラの生命活動全てがひとりに握られているという話に過ぎない。
つい先程まで確かにあった食欲は消えうせて、ただ漠然とした不快感のもと、彼はスープを睨む。
ずずず、とそれ啜る音が喧しい。
食欲を煽るはずの匂いすら不快だ。
食べるように勧めてくる男の手にある肉の油が光るさまを見ていることすら、耐えられそうにない。
無理矢理肉の欠片を食べてみたけれども、噛むたびに咥内の水分が消えうせて、代わりに独特の脂臭さが鼻をついた。
このままここにいてはまずいだろう、と意識の片隅で警鐘が鳴る。
幸いそう間を置かずお開きにはなったものの、路地裏の片隅で思わず彼はえずいた。
ふらふら、おぼつかない足取りで塒に戻る。
ドアを開けた途端、シキが用意したのであろう食事の匂いがした。
買ってきたらしい諸々と、酒。
それだけであるのに、何故か異様に食欲がそそられた。



「食べていいか」



簡単な仕事を済ましてきたらしく、刀の手入れをしていたシキは、此方を見て鼻で笑った。



「強欲だな」
「腹が減ったんだ」



アンタのせいで、と付け加えたら、シキの表情はさして動かず、代わりにこちらを憐れむような目になった。
それに少々腹が立ったものの、アキラは黙って置かれたままになっていた焼豚の封を早速開けて噛み付いた。
美味い。



「言うにことかいて貴様は」
「食べよう。アンタも食べるんだろ」



促すと、シキは息をつき、大人しく向かいの席に着いた。
いくつかある惣菜は、人数分はあるもののそう量があるわけではない。
途中で買いに行かなければならなくなるだろう。
少なくとも店側は、シキ一人が相手ではなくなるのだから少しは気が楽になるのではないだろうか。
こんな黒ずくめの大男がこれらの惣菜を買いに行くというのも妙な話だが。



「アンタこんなの食うのか」
「知らん。食え」



透明な容器一杯に詰められた杏仁豆腐を掬い上げる。
酒には合わない気がするけれど、それほどシキはこれが好きなのだろうか。
変なものだと思いながらも、アキラはそれを飲み込んだ。
これも美味い。



「美味いな」
「そうか」



そっけないシキの対応に、笑みがこぼれた。
そして同時に、やはりシキがいないと何をしても何も感じないのだろうと、なんとなく思った。









幸福なライオン





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あきゅろす。
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