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短編
とうめいな火
*とらあなED





ふとした夜、眠れないことがあった。
眠っても悪夢を見てしまう。
夢というよりも、記憶だ。
その日も酷い雨で、アキラはぼんやり外を見ていた。
寝ているシキを起こさないよう起きたつもりだったのだが、傍らの男ははっきり目を開けている。
目覚めた瞬間あれだけ息を荒げていれば、誰でも起きるか。
しかし何も言って来ない。
そして、行動も起こさない。
彼にしては珍しいことである。
ただ横たわって、上体を起こしたアキラの背中を見ている。
視線も静かに、問うでもなく馬鹿にするでもなく、彼にそそがれていた。
それがシキなりの気遣いなのだろう。
アキラはふと息を漏らし、眉間にしわを寄せた。
きっとシキはもう深い眠りに落ちることはない。
そう頭では思っているのに。

投げ出していた左手と、きつく握られていた右手で顔を覆う。
深い、深いため息が出た。



「…女々しいだろ」



くぐもってしまった声に、シキは答えるまで少しだけ間を開けた。
やがてどことなく恐る恐る、躊躇うように背中に触れた手が、背骨をなぞった。



「そういうものだろう」
「そうかな」
「知らん」



笑いかけた声は、飲み込まれた。
しばしアキラは唇をかみ締めて、動かなくなった。
数分間そうしていた彼は、最後に呻いて天井を仰ぎ、横になった。
触れていた手は離れて久しい。
寝てしまったということはない。
やはり彼の目は労わるようにアキラを見ていた。

どうにも居心地が悪い。
顔が見えないよう目深に毛布を被ったアキラの顔に、シキの手が当たった。
彼の手はアキラの目辺りを覆った。



「…なんだよ」
「知らん」
「そればっかりだなアンタは」
「お前はこうしないと駄目なのだろう?」



アキラは言われた意味が判らなかった。
すこし考え、なんとなく言われたことを察したけれど、答えなかった。
シキも答えは特に望んでいなかったのだろう。
会話のなくなった部屋で、雨の音とシキの手のぬくもりだけがある。
不覚にも眦からあふれた涙に触れた瞬間、シキの手が熱いものに触れたときのように跳ねた。
その動作が面白くて思わず笑った。
しかしシキはさして怒るでもなく、逆にぶっきらぼうに髪を撫でた。
笑った直後だというのに真逆の感情がこみ上げる。
なんて自分は単純で、感情的なのだ。
アキラはそう内心嘆きながら、毛布で目元を乱暴に擦った。







とうめいな火





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あきゅろす。
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