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短編
懲りない毒を吐く
*とらあなED





シキの背中は広い。
アキラは、黒髪を注意深く払うふりをして、背に触れた。
細身のようでいて、意外とがっしりしている。
黒のインナーに覆われた背中を詳しく見ることは出来ないが、白すぎる肌にあまり傷は多くない。
ひとつだけ、胸から背中へ貫通したらしい大きな傷があるくらいで、後は目を凝らさないと見えないような傷だった。



「なんだ」
「別に」



止まっていた手を再び動かす。
今日は晴天、この塒以外にろくな建物がないこの場所には物音もなく、ただ暖かい日差しを受けながら、少し伸びてしまったシキの髪を切る。
鋏で丁寧に髪の長さを調節しながら、アキラはまた手を止めて考えた。
シキが背中の傷に拘る理由は、勿論アキラも知っている。
以前、シキを車椅子に乗せて彷徨っていた時期に負った傷を見せたらいきなり未熟者と罵られ殴られたくらいであるから、そのこだわりは半端ではない。
そんな彼は今、アキラに背中を晒していた。
害を加えない、という確信があるのか、或いはそもそもアキラが出来るはずもないことだと割り切っているのかは知らないが、いつからこの背中を追いかけるだけではなく、こうして無防備に預けられるようになったのだったか。



「何を考えている」
「…髪のバランス」
「お前は嘘が下手だな」



笑って、シキは黙った。
そうするとアキラも黙る。
二人して押し黙った空間に、アキラの操る鋏が時折軽い音を立てて黒髪を切り落とした。



「なあ」
「なんだ」
「アンタ、俺に背中預けてなんともないのか」



口をついて出ていた言葉は、アキラも予想しなかったようなことだった。
言ってからしまったと口を噤んでも遅く、誤魔化すように髪を掴んだら、珍しくシキは声を上げて笑った。
普段あまりに見ない光景だから、つい凍り付いてしまったアキラへ、笑い含みの声が飛んできた。



「俺を刺すか?」



出来もしないことを。
アキラは先程以上に顔を顰めて、少々乱暴に髪を引っ張り、切る。
確かにもう刺すなどという真似はできないだろうが、笑う必要はない。
シキの顔は見えないけれど、どうせあの嫌な笑顔でいるに違いないのだ。
再び、乱暴に鋏を動かしかけたアキラの手をシキの手が掴んだ。



「何故お前は俺に背中を預ける」



意外にも、シキはもう笑っていなかった。
心なしか優しげに手の甲をなぞられて、言葉に詰まる。
少々考えたアキラは、シキの手を払いながら返した。



「そんなの知るか」
「…だろうな」



再び、何が楽しいのかシキは笑う。
一人だけ取り残されたアキラは、鋏を床下へ放り出し、シキの背中を叩いた。








懲りない毒を吐く





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