[携帯モード] [URL送信]

短編
正しい日曜日
*とらあなED





名を呼ぶ声がして、シキは後ろを振り返った。
二歩分後ろを歩いていたはずのアキラは、気がつけばかなり離れていた。
この寒さの所為だろう、マフラーに半ば顔を埋めながら追いかけてくる。
その手にはいつの間にか紙コップが二つ握られていて、なみなみと温かい飲み物が注がれているのだろう、湯気があふれ出ていた。
ん、と差し出されたそれを取って、シキの表情は不意に歪んだ。
ココアである。
しかもマシュマロやらクリームやら、胸焼けを起こしそうなものが大量に入っている。



「なんのつもりだ」
「あったまるだろ」



少しばかり遅れていたのはこのためか。
傍らに並んだ自分よりも低い所にある頭をしばし眺め、やむなくコップを受け取った。
ココアなど何年飲んでいないだろう。
それすらシキには正確に思い出せなかった。
相棒に感化されたのか、最近この手の、子供が好むようなものを口にする機会が増えていたものの、そういえばココアはまだであった。
これでもかと息を吹きかけ、ほんの少し飲んでは熱さに顔を顰めるアキラを真似て、とりあえず湯気を飛ばす。
恐る恐る口に運ぶと、案の定砂糖の塊による暴力的な甘さが口の中に満ちた。
思わず噎せる。



「アンタ、熱いの駄目だったのか?」



からかうように笑うアキラは無視して、続けざまに二三口、飲んだ。
甘いけれど、それを我慢すればこの気温に適した飲み物であるといえる。



「あったかいな」



先程より歩調を緩やかにして、傍らに並ぶ店を見ながらアキラは呟いた。
顔立ちからいけばそれなりに冬が似合う男は、そのくせ寒いところが苦手だ。
そんなことをシキが知ったのは最近のことであった。



「味音痴には丁度良い濃さかもしれんな」



笑ってやったつもりだったのに、アキラは穏やかな顔のままだった。
どこか遠くを見る青い目は、冬の光を受けて輝いていた。



「味がわからなかったんだ」



笑うか?
早くも空になった紙コップを木陰に投げ捨てたアキラは、笑ってシキを見た。
シキはどう答えたものか考えあぐねて、結局何も言わずにココアを啜る。
くどい甘さも、舌が痺れてきたのか感じづらくなっていた。



「最近、飯がうまくて」
「暴飲暴食という言葉を知っているか?」
「取り戻してるんだよ。損してるから」
「自己弁護か」
「俺にもわからない」



肩をすくめたアキラの目には、早くも次の標的が映ったらしい。
視線の先を見ればスモークターキーとある。
もう勝手にしろ。
軽く手を振ると、彼はシキの服の裾を掴んで引っ張った。



「一人で食べてもうまくないだろ」
「…なら待て」



まだシキはココアを半分も飲んでいなかった。
普段何かと言うことを聞かないアキラであるが、そのときだけはやたら素直に頷いて、シキがたっぷり時間を掛けて飲み干すまで、傍らに立って待っていた。


アンタと食べてると気楽でいい、と笑いながら肉を噛み千切る男の口元の欠片を拭ってやりながら、シキは考えた。

確かに、意外と自分自身も気楽であるような気がした。

しかし言ったところでなにかしらの利点にはならないので、黙る。
相変わらず骨すら噛み砕きそうなアキラは終ぞその沈黙に気づかなかった。








正しい日曜日





[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!