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短編
いいこいいこ
*とらあなED





列車の窓から見える風景は、徒歩の何倍も早く移り変わる。
それを物珍しそうに眺めていたアキラは、そんなアキラをどこか冷めた目で見るシキの視線すら黙殺し、ひたすら車窓に広がる田んぼに視線を固定し喋らない。
これだけ長いこと列車に乗ることは珍しかった。
たまにはいいだろうというシキの提案で乗ったのに、肝心のシキは半ば不貞腐れたように先程から窓枠をこつこつ叩いていた。
暇つぶしの相手がその用を成さないと、これほど暇なものか。



「…こんなものを見て楽しいのか、お前は」
「ああ…たのしいというか、…」



答えることすら億劫らしい。
思わず盛大に顔を顰めたシキなど全く気にせず、アキラは何処までも続く田んぼと時折現れる民家にはしゃいでいた。



「食べるか」
「ん?」



それでも食事に絡むと此方を向くあたり現金な性格になったものだ。
非常に面白くないシキは、手に携えた板チョコをアキラの眼前に掲げた。
釣られて視線が上へ。
手も合わせて伸びてきたが、それをかわす。
そんな追いかけっこを数秒繰り返し、やがてむきになった手が空を切り始める。
やはり楽しい。
普段通りの笑みを浮かべ、シキがそろそろ餌付けをするか、と考え出したとき、不意にアキラの視線が板チョコから外れた。
シキの視線も、そのときばかりは外へ向けられた。
視界一杯に海が広がっていた。
陽光に煌く水面をここまで大きく見たことは、そういえば最近無かったように思う。
冬の海らしく、どことなく色濃く、寂しい。
閑散とした浜辺が見えたものの、即座に視界から消えた。
ただ広がる海を横目に見ていた二人であったが、やがてアキラが口を開いた。



「次行く所は、なにがあった?」
「…さてな」



行ってからのお楽しみ、という言葉もあるだろう。
シキは持っていた板チョコを丸ごとアキラへ差し出した。
子供のように躍起になって包装を剥がし齧り付く相棒を見ながら、シキは知らず嘆息した。
そしてまた海を見る。


あの冷たそうな海が行った先にあったなら、突き落としてみようか。


なんとも物騒なことを思いながら、相変わらずチョコを離そうとしないアキラの髪を撫でる。
シキのそれを比べると硬く、そして未だに寝癖のついたままであるそれを撫でることが、気がつけば暇つぶしになってしまっていた。
そしてそれを拒むことを忘れてしまったらしいアキラになにか言おうとして、結局彼は考えていたこととは全く違うことを口走った。



「まだあるが」



その瞬間の目の輝きは、およそシキと肩を並べて裏社会に生きている男のものとは思えないほど、邪気が無かった。









いいこいいこ






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あきゅろす。
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