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短編
天知らず
*とらあなED





シキと引き離された、と気づいてからも、アキラの思考はすこぶる冷静だった。
どうも今回の刺客は事前に情報を集めていたようで、わざわざ分断工作に出るくらいだから相当熱をいれて調べ上げたのだろう。
使用する武器だって殺すつもりはないらしく、比較的穏当なものと呼べた。
シキにしろアキラにしろ、なるべく情報を残さないで街と街を行き来しているから、骨が折れたはずだ。
労力を思うと、どういうわけか悪いことをしたような気さえしてくる。
とはいえ生命が掛かっているから、アキラとしても手を抜くわけには行かない。
まだ死ぬつもりなど毛頭なかった。
そして、こんな連中にシキを渡すつもりもなかった。


刀を振りながら、アキラは考える。
こう気配が入り乱れていると、アキラがシキを見つけることは容易だけれど、逆はどうだろうか。
本当に不本意ながら多分シキのほうが早く片付けて此方にやってくる。
ニコルキャリアーでもつれてこない限り、それだけは確かだ。
では己はどう動いたものか。
むやみやたらにごろつきばかり切っていても仕方が無い。
しかし連絡する手段もないし。


そんなことを考えていたアキラは、次の瞬間走り出した。
あっちにシキが来ると、直感で判断した。
長いことシキのふりをしていたためか、なんとなくこうではないか、という予測は立てることが出来たけれど、ここまで確信を持つことは普段ない。


早くあそこへ行かなければ。


その思いにせっつかされて、廃ビルに差し掛かったところで、角から黒い影が飛び出してきた。
それはアキラに刀を向けることもなく、アキラの背中を追っていた輩を綺麗に切り倒した。
逆にアキラも、角から走ってくる連中を始末する。
気づいたころにはシキとアキラ以外、動くものはいなかった。
少々乱れた呼吸を整えて刀にべっとりついた血糊を払う。
まだ警戒は解けないけれど、恐らく襲撃はないだろう。



「どこから漏れた?」
「さて」



お互い逆の方向を向きながら、暫し立ち尽くす。
やはり気配はない。
刀を鞘へ仕舞い、いつでも抜けるよう柄に手は置いたまま、やっとアキラはシキのほうへと振り返った。
赤い瞳はもう興味を失ったようで、襲撃を食らった瞬間に浮かべていた熱もない。
そのほうが、後始末としては楽なのだが。
アキラはこっそり嘆息した。
下手に興奮していたりすると、手に負えないのだ。
ただ、その熱に焼かれたがっている己がいることも、否定はしない。



「塒、替えたほうがいいな」



追っ手が来るかもしれない、と続けるより早く、伸びてきたシキの手がアキラの顎に添えられた。
彼は普段浮かべているものとはまた性質の違う笑みを浮かべ、唇をなぞる。
そうかと思えば、手は容易く離れていった。
一体何がしたいのか、アキラには皆目見当もつかない。
少なくとも、今すぐこの場で引き倒されるということではないようだ。
ただ塒を見繕い次第、好き放題される事だけは、判った。
だというのにシキはそ知らぬ顔、まるでアキラが求めているかのような口ぶりで言う。



「そんな目をするな。褒美はやる」
「…アンタ、目を診てもらったほうがいい」



思わずそう返したアキラの言葉も笑い飛ばして、シキは歩き出した。



「褒めてやろうといっているのだ。素直に受け取ったらどうだ」



その背中へアキラは罵声を並び立てた。
そんなものがシキになんの効果も与えないということくらい、よく判っている。
ただ言っておけば、抵抗はしたという己に対する言い訳にはなるだろう。
どう動いたらシキにとっても効率がいいか即座に弾き出せる頭も、もう直ぐされる行為を嫌っていない感情も、無理矢理そうさせられたと付けておけば問題は無い。
何も考えなくて済む。
思い浮かぶだけ言葉を叩きつけたアキラは、ふと表情を消して空を見た。
普段光を届ける天体がない。
そういえば今日は新月だったのだと、今更ながら気づいた。








天知らず






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