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短編
メルト、メルト、メルト
*とらあなED





シキは、今までアキラに付き合って数々の料理を見てきた。
恐ろしい大きさの肉やら、うず高く積み上げられた天ぷらやら、美しい円錐を形成した高さ20センチ近いかき氷やら、それらは多岐に渡る。
そんなこんなでちょっとやそっとの料理には驚かなくなっていたはずだったのに、流石にそれを目にしたときは呆れを通り越してため息しか漏れなかった。
ガラスの器を満たすのはチョコレートソースだろうか。
その上に乗せられたクリームの量が、尋常ではない。
可愛らしさでも主張したいのか、クリームの頂点に配されたチェリーがクリームに半ば埋もれている。
全く可愛くない。
むしろ甘い匂いと相まって、ある種の悪夢である。
店員が運んでくる間も客の視線を集めるそれが、まっすぐこちらの席へ向かってきた際に逃げておけばよかっただろうか。
男二人連れと言うだけでかなり視線を集めているのに、見ていられない。
それを頼む人間の正気を疑う、と言いたいところであったが、どうやらアキラの予想を上回る代物であったらしい。
思わず硬直している連れの間抜け面に、思わず舌打ちした。
自己責任ですべて平らげる、そう宣言したからにはアキラはそうするだろう。
のろのろスプーンを動かして、とりあえずチェリーを拾い上げる。
それだけで胸焼けを起こしそうな量のクリームが付きまとい、思わずシキは目を逸らした。



「…うまい」



しかし目の前の男は難なくそれを口に運ぶどころか、軽く微笑みながら先程より軽快にスプーンを運んでいく。
やはり一度病院にでも連れて行くべきか。
しかし味覚障害はどこの分野なのだろう。
シキはひとりコップの水を飲みながら、どこか遠くを見ていた。





うららかな日差しの下、談笑に耽る女たちの声が響くような、どちらかといえば平和な空気をすべてぶち壊すような雰囲気を湛えて、アキラはそれを睨んでいた。
クリームはあと四分の一といった量にまで減ったものの、そこから先が動かない。
見ればクリームの下にバニラアイスやらチョコソースやらキャラメルソースやら、更にその下にも具が入っているようである。
拷問でも加えられない限り絶対にシキが食べないであろうそれらを良くそこまで食べたものだと、賞賛してやってもいいかもしれない。
少なくとも、デザートの類は顔色を青白くして食べ進めるものではないということだけは、シキも知っていた。



「馬鹿が」



吐き捨てるように言っても反論がない。
どうもこの男、目の前の自称サンデーであるらしいクリームの塊しか見えていないらしい。
もともと熱中すると一点に集中してしまうような癖があるけれども、此処で使う必要はないだろうに。
今回の件に関しては、シキも助けようとは考えていなかった。
人間できる事とできない事がある。



「残すなら残せ」



そう言ってやるとスプーンが動くのだから、負けん気は体調に左右されないようだ。


シキに未来を予知するような能力はない。
ないけれど、確実に言えることは仮に食べきったとしても、食べきったという達成感の代わりに自らの健康と胃を犠牲にするのだろうということだけは判る。
これほど馬鹿馬鹿しいこともない。


いよいよ厳しくなったか、アキラはスプーンを置いて何かに耐えるようにうつむいた。
二人前の料理を平らげて大量のクリームを食べれば誰でもそうなる。
しかも食い方だけは相変わらず雑で、目に余る。
手元にあった布巾で少々乱暴に口を拭ってやっても、礼を言う気力もないのか押し黙ったまま、ただただ無念そうに、クリームとソースがぐちゃぐちゃに混ざり合ったものを見ている。
そんなにクリームを食べたいなら他のものでも咥えさせてやろうか、と普段ならからかい半分に言うかもしれないが、シキも流石に萎えていた。
匂いだけで気分が悪い。



「行くぞ」



促されて店を出たアキラは、相変わらず顔色が優れない。
これを教訓に今後妙に大きい料理を注文しなくなるだろう、と言うシキの楽観的観測は、次は食べきる、とやたら自信ありげに漏らされた言葉で吹き飛んだ。
それに対して同意してやる代わりにシキは、アキラの頭を殴った。







メルト、メルト、メルト





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あきゅろす。
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