小説2 (鬼×神と人のハーフ) 完結
4
〈あの時、星がいなかったら、この戸隠の家は消滅していたかもしれないな〉
「銀座はいかがでしたか?」
星の声は、いつも微笑を含んで柔らかい。
「相変わらずだ。面白くもない」
着替えのために寝室へと足を運びながら、主夜はぼやいた。
「主夜さまが楽しめるところに女性をお連れしたらいかがです?」
「…山の中をジーンズで走るのか?それとも書庫に呼んで二人で本を読むのか?…そんなことをしたら、あの女共が黙っているものか。それより街へ連れて行って欲しがるものを買ってやったほうが、ずっと楽だ」
窮屈なスーツを脱ぎ捨て、ネクタイを外しながらウンザリしたように言えば、星がくすくすと笑う声が聞こえる。
程なくして、主夜がジーンズに白いTシャツというラフな姿で書庫のソファに腰を降ろすと、
「どうぞ」
と、熱いハーブティが出てくる。
このあたりのタイミングの良さは、星ならではだ。
「主夜さまがお出かけの間に、桃子さまからご連絡がありました」
カップに口を付けていた主夜の片眉が上がった。
桃子(ももこ)は神王の娘で、幼馴染だ。
成長とともにお互い忙しくなり、ここ最近は連絡を取り合うこともなくなっていた。
「珍しいな。何の用だった?」
「折り入って主夜さまにお願いしたいことがあると…。翌朝10時にもう一度連絡するので、主夜さまを水鏡に縛り付けておくようにとおっしゃいました」
「あいつらしい」
主夜の唇が笑みのかたちになった。
翌朝、10時きっかりに居間に置いてある水鏡の中から、
「主夜、主夜殿」
と、柔らかい声が聞こえた。
主夜はにやりと笑って、水鏡の中をのぞき込む。
そこには、神族特有の繊細なガラス細工のような顔立ちをした桃子が写っている。
「これはこれは桃子殿。神王の姫君が、わたくしごときに、何の御用でしょう?」
二人はしばらく見つめ合い、やがてどちらからともなくフフとわらった。
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