それは初夏の(奏々)完 T それは初夏の、来る夏を疎ませるように暑い晴れの日だったと思う。僕はとんでもないものを見た。 「なあ、すまないんだが、向こうの道まで連れて行ってくれないか。車通りの多い日はどうにも困る」 僕は聞こえないふりをして通り過ぎようとした。こんなことあるわけない。あっちゃいけない。だってあるわけないんだから。これは夏の始まりに浮足立った僕の見た幻覚に決まってる。 「おい、無視するなよ、虫だけにさ、ってね」 もう花の散り、青々とした沈丁花の葉の上で、立派な鎌を持ったオオカマキリが、僕に話しかけた。 [次へ#] |