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黄昏色の夢を見る(くれとー)完
四 都へと繋がる歌
 その後、私は吟遊詩人の姿を見てはいない。元々私は家に篭りがちであるし、あの詩人も一所にじっとしていられない性格のようだったから、すれ違うこともないのだ。
 だが、私は一度だけあの詩人の行方の手がかりに出会ったことがある。

 いざ行かん 我が故郷へ!

その歌声はある黄昏時、もう太陽の沈みきった空が群青に塗り替えられる前の僅かな息継ぎのような時間に開け放した窓より風に乗ってやってきた。小鳥のさえずりのように鋭く甲高い声で歌われたその一節は、幼い子供が待ちきれない誕生日を迎えたときの歓声にも似ていて、そのとき私ははっと悟った。
 吟遊詩人は、とうとう黄昏の都へと行ってしまったのだ。どこかに存在する境界を越え、望んでいた通りあの都の住人となった。
 私はその喜びに溢れた歌声を、半分祝福、半分羨望の気持ちで何度も頭の中で反芻した。
 さて、私はというと、黄昏の都のことを思いながらも詩人とは違い細々とイラストレーターをしながら相も変わらず暮らしていた。発作のように定期的に妙に寂しくなり、記憶の中の詩人の語りをなぞって想像を膨らませていくと、ありありと黄昏の都に住む人々の暮らしが見えるような気がするのである。その度に、私は黄昏の都に焦がれる。
されど、私は詩人のように黄昏の都までの道筋を知るわけではない。だから、せめて詩人に倣って私もあの都の住人になった錯覚だけでも抱こうと思うのだ。
 最近仕事の関係で絵本を書くことになったのだが、それには黄昏の都での物語を描こうと思う。そうすれば、描いている間中ずっとその都のことを思い続けていられるだろう。

 私は時折黄昏時を狙ってふらりと打ち捨てられた遺跡に足を向ける。大抵は仕事に煮詰まったとき。稀に、黄昏の都へと行きたくてたまらなくなったときに。
 遺跡へつくと、私は気分に応じてこの光が続くどこかに存在する都を思いながら割れた石畳を踏みしだいて大通りを歩いたり、黄昏に染まって奇妙な輪郭を浮き彫りにする廃墟を眺めて物思いに耽ったり、詩人が歌っていたあの旋律を鼻歌で再現してみたりするのだ。そして、最後には中央広場の噴水に座り、目を閉じて黄昏の光に身を委ねる。
 すると、まるで忍び寄るように、密やかな気配と共にやってくるものがある。

 ホウセンカの種が弾けるような、快活な子供達の笑い声。
 目蓋の裏を差す黄金色の光。
 夕飯を準備する家々から流れる、懐かしくも暖かい香り。

 その気配が驚いて逃げ出さないようにそっと目を開くと、黄金色に染まる雫を吹き出す噴水の縁に鼈甲色をした竪琴を抱えた吟遊詩人が腰掛けている。唐突な既視感にくらりと目眩を覚えると、詩人はその音色で私の頭を払拭するように一つ弦を掻き鳴らし、嫣然と微笑むのだ。
「ようこそ、永遠の黄昏へ」


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