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黄昏色の夢を見る(くれとー)完
二 黄昏の草原を彷徨う
私がその歌にもう一度巡り会ったのは、去りし日に吟遊詩人が広場でその歌を歌っていたことも、その歌の存在さえも忘れていた頃だった。
 そろそろ部屋の中にも斜陽が入ってくるという時分、手がけていた本の挿絵に一段落のついたその日の私は閉め切っていた部屋を換気しようと思い立ち、小さな窓を開けた。すると、窓からは新鮮な風が吹き込んでくるのと共に、まるでふわりと羽が室内に舞い込んだかのようなさりげなさで、その歌声が風に乗ってやってきたのである。
 
 いつか還らん 懐かしの故郷よ
 いつか還らん 【永遠の黄昏】よ!

 微かに旋律が耳に触っただけで、私は全てを思い出した。 同時に胸を焼くあの不可思議で激しい感情をも思い出したのである。私は歌声を一音も聞き逃すまいと、窓枠をしっかりと掴んで歌声に耳をそばだてた。耳を離すことが出来ず、さらにもっとよく聴きたいと思った。
 衝動に突き動かされ、着の身着のまま外へ出て歌を追った。風は広場とは逆の、町外れの方角から吹いてくる。詩人は町中で歌っているのではないらしい。
 夕暮れの光に染め上げられ、稲穂の海のような色になった草原を歌を追いながら歩いていった。ちょうど太陽は山と山の間へと沈んでいるので、しばらくはその光を頼りにして歩いていくことが出来そうだった。街を離れるにつれ、歌はどんどん大きくなる。そして歌がはっきりと聞こえるようになるにつれ、私の心は一層強く締め付けられ、涙さえ流したくなるのである。
 黄昏の光に似合う曲だ、歌声の元を見つけられない焦燥感に溢れた頭でそう漠然と思った。一日のどの時間より、この旋律には黄昏が似合うのだ。一日が始まる暁ではなく、一日の終わりの瞬間に一度の美しい光を世界に投げかける黄昏。その日を締めくくる、完成された豊かな光がそこにはある。黄昏に包まれる世界を当てもなく歩き回る最中、私はその歌にその美しさを儚み、求めて止まないという響きが篭められているような気がしてならなかった。
 いつの間にか随分遠くまで歩いてきたようで、辺りは見知らぬ草原が広がっていた。後ろを振り返ると、地平線の彼方に玩具のようにぽつりと私が住んでいる町が見える。太陽はまだ沈まず、草原には黄昏が王者のように君臨していた。
 少し進んだ先に、緩やかな丘陵があった。街にいたときは気づかなかったが、丘の上には岩のようなものが見える。近寄ってみると、それは岩ではなく人の手による何らかの建造物であることがわかった。地面に転がった白っぽい拳大の岩は元は彫刻の一部だったのだろうか、風雨に晒されて模様は判別がつかない。かつて、何千年も前は栄華を誇った都だったのかもしれないが、今はただ見る影もなく遺跡となり、朽ちるのを待っているようだった。
 歌声は滅びた都の中心から聞こえてくるようだった。私は誘われるように、かつては石畳で整然と舗装されていたであろう道を辿っていった。


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