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習作(消火器)
3
本当のことを言うと、私はあの時のことを、あまりよくは覚えていない。
命令を受け、支度をして姫を森へ連れ出してから城に戻るまでの記憶の中で、あの数分間だけが、まるで濃い霧が掛かりでもしたかのように、ぼんやりと霞んでいるのである。
赤みの程よく差していた頬は青ざめ、恐らく初めて直面したであろう死の恐怖に強張った表情は、既に可憐な姫と呼ぶには程遠いものだった。彼女は、突然の事態に恐怖する、ただの怯えた少女だった。
生業とする行為より、敢えて憐れむということから目を逸らしてきた自分である。しかし、あの時、僅かにでも気持ちが動いてしまったのは、私自身も理由が分からない。思えば、あれは偶発的な事故のようなものだったのかもしれない。
姫、否、少女の震える唇が、何かを必死に訴えていた。
耳に届いた断片だけの言葉を繋いでみると、どうか殺さないでとか、もう戻ってこないから逃がしてとか、多分そんな内容だったように思う。具体的に何を言っていたのかは、殆ど記憶にない。
ただ、奇妙なことに、木立を背景とした暗い風景の中で、彼女の唇の鮮やかな紅さだけが、くっきりと際立って印象に残っている。
言うべき言葉が尽きたのか、少女は一呼吸置いて私の表情を窺ったようだった。

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