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習作(消火器)
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しかし、どうだろう。私の脳裏に、あれは今も鮮烈に甦ってくるのだ!
刃を振り翳した瞬間に、今まで不思議そうな顔で私を大人しく追ってきていた哀れな少女は、初めて息を飲み、声にならない悲鳴を上げた。穢れを知らぬ、真っ黒な美しい瞳が、始めは驚きに、そして次に恐怖に見開かれるのが見えた。
対して私はあの時、どんな眼をしていたのだろうか。きと、冷たい眼を、―いや、冷たく装って、装い切れなかった眼をしていたのだと思う。
その証拠に、心臓を深々と抉る筈だった刃先は、鋭く空気を裂いただけで見事に逸れた。同時に、本能的にだろうか、咄嗟に腕で顔を庇いながら、姫は二、三歩後ずさった。
普段の私だったら、もう一度狙い定めて、そして今度は間違いなく殺していたと思うのだ。しかし、一度とは言え、少女如きを相手に一瞬でも血迷った自分自身に、私は大きく気勢を削がれた形になってしまった。
私は結局、ナイフを鞘に納めた。
少女は何も言わず、ただこちらを気丈に見返していた。その足はしかし、今にもその場に崩折れてしまいそうなほど、そして気の毒なほどに震えていた。

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