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短編小説対決

 彼女は走っていました。何としても、みんなより早く学校に着かなくてはなりません。昨日の美術で描き上げた人物画を、美術室に置いたまま忘れてきてしまったのです。もしあれを、誰かに見られたりしたら……そう考えるだけで、彼女は顔から火が出そうでした。あまりセンスが無いうえに、気付いたら、斜め前の席のあのひとの顔を描いていたのです。そんなことが知られたら! そうしたら、小学校の時の二の舞になってしまう。何としても、学校に着かないと! 彼女は半ば祈るような気持ちで、必死に走りました。
 七時三十分。彼女は、校門に辿り着きました。息を切らしながら周りを見回しますが、まだ誰も来ていないようです。そう、昨日からテスト一週間前に入ったので、朝練の声も聞こえてきません。彼女はホッとしました。一息ついたところで急いで下駄箱に向かい、いつもはそんなことはしないのですが、上履きを履きつぶして美術室へ急ぎました。
 幸運にも、美術室のカギは開いたままでした。彼女は後ろから二番目の席にあの絵がしっかりと裏返しになったまま置いてあるのを確認し、用意よく持ってきた大きな手提げ袋にそれを投げ込みました。ひとまず、問題は解決しました。そう思うと一気に体の力が抜けて、数分後に正気に戻るまでへたれこんでいました。そこで、彼女は思い出したのです。兄からまことしやかに語られた、あの話を……。公立中学というものは大抵五、六年に一回は自殺事件がおこるもので、ちょうどこの美術室も、犠牲者の出た場所でした。といっても、改装工事が行われたので、その人が吊られていたという絵を掛けて乾かすための支柱はとっくに取り払われていました。しかし、兄の話ではその人が人気の無い時に現れては無くした自分の絵を探し回るというのです。バカな話、というのが彼女が最初に言い放った一言でした。兄の話に信憑性があった試しがありません。ですが、彼女は、この絵が本当に自分のものかどうか恐る恐る確認しました。安心。しっかりと、彼の姿が描かれていました。彼女は手提げ袋の口が開かないように持ち手を結ぶと、教室へ向かいました。


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