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樹海(紺碧の空)完
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 彼女は痛む左腕を押さえながら、雨の中を走っていた。その打ち傷は、本来彼女を守るべき人間……父につけられたものだった。彼女に、もう居場所はなかった。彼女に幸せの記憶はなかった。家ではいつも両親がいがみ合い、二人はことあるごとに彼女にあたった。彼女はそれが理不尽であることすら知らずに育った。学校に逃げていたこともあったが、結局は無駄だった。そして、父親に金槌で腕を殴られたのを最後に、彼女は生きようとするのをやめた。家を出て、どこへともなく逃げ続けた。すさんだ町には、宿はいくらでもあった。
退廃的な生活を続ける中で、彼女は生きる意味を失った。どうすることも出来ない絶望の中で、彼女は最後に泊まった家の男につけられた右腕の傷を押さえながら、走り続けていた。自分は何故生まれて来たのだろう? 自分は誰の役に立てたんだろう? 自分がこれ以上生き続ける必要はどこにあるのだろう?
決定的だったのは、自分の家がなくなったことを拾った新聞で知った時だった。全く運命的に手を取ったものであった。今まで新聞を読む習慣などなかったのだから……。原因は放火。二人の死体が見つかったが、恐らく心中だとの話だった。
その時の衝撃から考えると、自分はまだ家族というものに未練があったのかも知れない。心が宙づりになって、自分が生きていることが時代遅れなような気がした。そして、今なら、すっきりした気持ちで死ねる気がした。何かが吹っ切れたように、ここまで歩いて来たという。


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あきゅろす。
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