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リレー小説
煌鷹

15

 平川は師である城ヶ崎の言葉の意味をまだ理解できずにいた。セフィーレについては他のメンバーが話していることを聞いてなんとなくではあるが知ってはいる。が、自分がその教育に当たるとはどういうことなのだろうか?
 「平川、君の困惑は理解できるが、どうかな、先ず、この封筒の中身を確認しては」
 虚空を見つめるように呆然としていた平川は、いや呆然とはしていなかったが、城ヶ崎の言葉にはっとしたように目の前に差し出された封筒を受け取り、持ち前の丁寧さでゆっくりと封を破いた。抗争、そしてセフィーレの教育、それらの事の重大さ、深刻さを察している以上、彼の指先は微かに震えないではいられなかった。
 破った封筒の切れ端を右手の中に押しこみ、平川はその手で中身をゆっくりと引っ張り出した。たった三枚、一枚目は、あっさりとした単なる通知であった。
 「平川昭彦を、セフィーレの教育係に任ずる」
 その字を確かめるように何度も読み返す平川の指先はまだ震えている。城ヶ崎には彼のその指の震えの中に微かな興味の気持ちが含まれているように思えた。
 「後は自分で読んでおきなさい。私は自分の仕事に戻らせてもらうよ」
 浅く頷き、書類の続きを読む平川に背を向けて城ヶ崎は廊下を歩きだした。あれで平川は冷静な人間だ。放っておいても問題はないが、懸念があるとすれば……
 「城ヶ崎」
 彼が廊下を曲がったところで声をかけてきたのは山田であった。見るからに重そうな本を何冊も抱えている。廊下の向こう側から来たところを見ると、どこかから持ち出した本を自室に持っていく途中なのだろうか。
 「偶然なんだが、その、君が平川に告知を渡すのを見かけてね」
 「何ら問題ないだろう。我々の総意なのだから」
 「そうじゃない。その……君の生徒は、気付いているのか?」
 山田は若干不安気な表情で城ヶ崎の答えを待った。
 「分からない」
 「は?」
 「平川は何も言いはしないが。何も言わなかったのなら、と推察するだけだ」
 「何も言わなかった、ね」
 山田は重そうに本を抱えなおすと少し笑った。
 「優秀なんだな、君の生徒は」


16

〈第四の騎士〉はとあるビルから地上を眺めていた。
 眼下の、今にも殴り合いを始めそうな緊張状態が、ガラス越しにでもひしひしと伝わってくる。彼にはこの原因が〈第二の騎士〉であることくらい分かっていた。燻っていた程度の火種を煽り、油を注いで、一触即発の状態……とはいえ「敵」は目の前にはいないのだが、際限なくこみ上げてくる憎悪と苛立ちを収める術を知らない彼らは動もすれば、自身に歯止めを効かせられなくなって暴れはじめるに違いない。
 上出来だな、と呟いた。
 他の二人の〈騎士〉が何をしているのか気になるところではあるが、部屋から飛び降りたこと以外に何の情報もないということは表立った行動は何一つ取っていないのだろう。しかし派手好きの〈第二の騎士〉の陰に隠れて「何か」やっているに違いない。まずは自分の居場所を探っているのか、或いは。
 トランペッターズも何やら動き回っているらしいのだが……彼らと一緒くたにされるのは御免である。一般民衆がごそごそと何を企んでいるのか知ったことではない。他の三人の〈騎士〉が手早く「雑務」を終わらせてくれない限りは自分の出番などありはしないし、いい加減、ここでちまちまと過ごしているのにも飽きている。この数日、権威を暴走させたくて仕方がないくらいだ。
 この中途半端で不釣り合いな「均衡状態」を早く壊してしまいたいものだ。
 〈第四の騎士〉は一人薄ら笑いを浮かべると足音を立ててビルの奥へと消えていった。


17

 城ヶ崎が休息のために外に出て深呼吸をしていると、疲れ切った表情の有島が缶コーヒーを両手に転がしながら声をかけてきた。
 「差し入れだよ」
 有島から熱い缶を受け取って城ヶ崎は彼に礼を言った。有島はそのままそこらの段差にどかっと座り込み大きなため息をつく。顔色が悪い、とか動きがおかしい、とかいうのではなく、彼の体は疲労を全身で主張している。昨夜夜更かしでもしたのか、と城ヶ崎は問うた。
 「夜更かし?まさか……今日も俺は朝から元気だったよ、さっきまでは、な」
 ここに来てすぐは自分のことを「私」と言っていた有島だったが、だいぶ打ち解けてきたのか気遣いは無用だと感じたのか、素、らしきものを見せるようになった。
 「セフィーレだよ。いや、彼は凄まじく優秀だよ。優秀なんだが……優秀だからこそ……な……」
 「同感だ」
 城ヶ崎は思わず苦笑した。セフィーレはもう十七歳になる。そろそろ成長の限界がくる彼に今更教えることなどあるのだろうか。彼といると、何か……ひどく疲れるのである。
 「初めのうちはよかった。だが、その、なんだ、悪口を言うわけではないのだけどな、平川君が教育に参加しはじめた頃から、疲れが増幅し始めたような気がしてね」
 平川が城ヶ崎の教え子であることを知っている有島は少し申し訳なさそうに言った。平川がセフィーレに何を「教育」しているのかは知らないが、その影響であろう、何か根源的なところでセフィーレが変わっていくような気がしているのだ。
 「悪口とは思わないよ」
 城ヶ崎は有島の隣にゆっくりと腰かけた。
 「セフィーレの教育に平川が必要だったのに違いはないんだが、思っていたよりその効果は大きいみたいだな。彼の『先生』として私は平川のことを誇りに思う。末恐ろしいのも確かではあるが」
 城ヶ崎は話しながら缶の蓋を開けると、いただきます、と静かにコーヒーを啜っていた。



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