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リレー小説
くれとー
12

「山田、入るぞ」
 ノックをしても返事がなかったので無断で研究室に入る。部屋の主は椅子に座った状態で電気もつけずに分厚い本に目を落していた。室内は薄暗く、窓からの日の光で物の形は見て取れるが読書をするために快適な環境とは思えない。眉をひそめてもう一度呼びかけると、山田ははっとしたように顔を上げた。
「城ヶ崎、いつの間に来ていたのか」
「ああ、お前が交代時間になっても来なかったから呼びに来た」
「それはすまなかったな」
 山田は苦笑するように小さく唇を歪ませると、壁の一面に広がる本棚を熱心に見上げる小さな人影に目を止めて驚きの声をあげた。
「セフィーレもつれてきていたのか」
「ああ、不都合な事態が起きてな」
 セフィーレは相当あの絵が気に入ったらしく、城ヶ崎の担当時間中は取り上げようとしても頑として離さなかった。山崎の担当時間が近づきだした頃にようやく説得に応じて手を離してくれたが、またいつ授業を放り出してあの絵を眺めだすかはわからない。未だ彼がどうやって鍵を開けたかわからない以上もっとも安全なのは直接人の目で見張ることだという判断により城ヶ崎は止むを得ずセフィーレを伴ったのである。
 手短に説明すると、山崎は驚きを隠せない様子で目を見張り、次いで目を輝かせた。
「素晴らしいな。俺たちは今新しい神話が創造されていくのを見ているのかもしれない」
「このプロジェクトが成功したらそういうことになるんじゃないか。それより、何か考え事でもしていたのか?」
 何か憂慮すべき事態が起こると周囲に無頓着になるのがこの古くからの友人の癖だった。入ってきたとき部屋が薄暗かったのも本を読む代わりに考えに耽っていたからだろう。
「ああ、少し予言のことについて考えていた。俺はそもそも民間人だからこう言うのも可笑しい気がするが……なんというか、飼い犬に手を噛まれたような気分でな」
何故日本に二つの軍事組織があるのか。その原因はアメリカ連邦が壊滅的な被害を受けた大規模な核戦争にある。故郷の国としての機構が失われたことにより難民化した米兵たちを保護するために組織されたのが国防軍であり、いわば彼らは居候のようなものなのである。その彼らが直接の原因ではないにしても内部分裂の火種をまいているのだ。山田が苦言を呈したくなるのも仕方がない、と城ヶ崎は眉間に皺を寄せる。
「知っていることがあるのに何も出来ないのは辛いものがあるな」
「だが目の前の事を片付けるのが先だというのは知っているさ。それに、もし彼が本当に神になったのならばWingsの予言は容易に覆されるだろう。それが神という存在なのだから」
 山田は音を立てて聖書を閉じると、打って変わって意気揚々と立ち上がった。目の前で神になるかもしれないものが成長している、という事実にこれまでの懸念が吹き飛んでしまったらしい。
 自分の部屋に戻るために山田に手を引かれたセフィーレは廊下に出る直前にちらりと城ヶ崎を見た。柔らかい幼児の体に不釣合いな底の知れぬ一瞥。ちぐはぐな印象はもはや歪と言ってもいいのかもしれない。まるで、翼に描かれているあの天使のようだ。先程の微笑を思い出す。何とか落ち着かせた心臓がまた早鐘を打つ。
 神、という言葉を舌先で転がしてみる。たった二文字の簡単な言葉。それはまるで確立した概念のようだが、改めて考えてみるとその実態は曖昧だ。考えれば考えるほど、何を指しているかさえわからなくなってくる。
 神、神、そう人は言う。だが結局、我々は何を育てているだろう。ふと胸に芽生えた疑問は禁忌だ――少なくともこの研究所においては。僕はパンドラの箱を喜んで開けるような愚者ではないはずだ。胸の中で呟いて、堅く蓋をした。考えることは仕事ではない。この計画に携わったメンバーにとっては神を育てることこそが至上命題なのだから。

13

「結局あいつは今後も単独行動か。成果もなし、情報もなし。無駄足だったな」
 アジトに帰るやいなや、ジョンは乱雑に積まれた書類をのけて椅子にどっかりと沈みこんだ。相性の問題か、ピーターの相手をしたことでごっそりと生気を抜かれた気分だった。少しは炭にされた植物の気持ちがわかったような気がする。
「だが、先に面通しできたのだけは幸いだろうよ。今回はデマだったからよかったが、本番で騎士同士が殺しあおうとしたんじゃ格好がつかない」
 ジムはあくまで状況を肯定的に捉えようとしているようだった。帰ってからは休む様子も見せずに表のカフェのコーヒーを片手に振り向きもせずパソコンをいじっている。
 3人でしばし話し合った結果、これまで同様ピーターは潜入を続行しつつ政府の目を引き付ける為の陽動作戦を独自に行う、ジムとジョンは潜伏しながら情報を収集という変わり映えのない手はずに落ち着いた。
「あいつは人々の間に争いを引き起こす第二の騎士様だぜ。特質的にもああいうのが選ばれるのは道理じゃないか?」
「しかし組まされる方としてはたまったものじゃない。俺達はトランペッターズなどとは違う、主によって権威を与えられた騎士なんだぞ」
「まあわからないこともないがな、第二の騎士にピーターを選んだのもまた主の意志だ。諦めてどうするか考えるしかないんだよ」
 ジムがおざなりに言葉を投げかけてきたが、そんなことはわかっている。わかっているから嘆いているのだ。ジョンは無言で溜息をつくと、頭を切り替えた。
「……改めて整理しよう。俺たちに必要な情報は第四の騎士の行方と例の計画についてだ。俺は自分のパソコンを入手しがてら情報屋の元にでも寄ってくる。お前はどうする?」
「俺はWebで出来るだけの情報を集める方針……ちょっと待て、これは」
「どうかしたのか?」
 ジムの背中越し覗き込んだディスプレイは大量の文字で埋め尽くされていた。まるで文字化けを起こしたファイルのように意味をなさない文字の洪水がどれだけスクロールしても延々と続いている。ジムはうんざりしたように天を仰いだが、やがて体の強張りをほぐすようにぐるりと首を回すとやれやれと肩をすくめた。
「どうやら主は我らに怠慢の罪をお許しにはならないらしいな。解析するぜ」
 
14

 「内部抗争」という予言が発せられてから一日。セフィーレの成長は相変わらず順調だが、問題解決のためのWingsの試算は順調とは言いがたかった。現在は興奮状態にある兵士達を隔離することで一時的に小康状態に収めてはいるが、平穏が破られるのも時間の問題だ。Wingsは政府の人間に対し、セフィーレの生育を出来うる限り早めるよう告げた。
 
 部屋を訪れると、平川はちょうど城ヶ崎の授業に使われる教科書を開いているところだった。山田といい、学問を探求する人間は時間を持て余したり不安があったりするととりあえず書物のページを繰ってみるものらしい。
「どうしたんですか、教授」
 平川のとぼけた顔はどことなく冴えなかった。平川は現時点ではこの研究所に連れてこられたメンバーの中で唯一セフィーレに直接関わっていない。自分の立場への懸念もあるだろうし、その上内部抗争などという予言を聞かされてしまっては内心穏やかではいられないだろう。
 若き生徒の心中を慮りながらも、城ヶ崎は一通の封筒を差し出した。
「ついに君の才能を役立てるときが来たようだ。これは他のメンバーの総意だ。今日から君もセフィーレの教育にあたってもらう」
 その通知を聞くと、平川はきょとんとした顔のまま固まった。


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