リレー小説 和麻 溜め息を一つ吐いてジムが消炭のような物しか残っていない鉢植えを部屋の隅へ除けた。 「全く大切に育てていたのに」 「嘘つけ、萎れかけていたじゃないか」 ジムが軽く咳払いをする。 「まあ、取り敢えず君は着替えた方がいいね」 そう言うとジムは隣のクローゼットを指差した。「俺の服を勝手に着てくれ、アイロンは掛けてあるから」とだけ言うとパソコンの置いてある机の方へ歩き何かを探し始めた。机の上もまた新聞やメモでごった返しており今にも崩れそうである。彼がそれを掻きわける度パソコンの画面で埃が白く照らされて舞っていくのが分かった。思わずジョンはクローゼットに掛けていた手を顔に遣った。空気を入れ換えたいと思い窓を探すがある訳がなく、彼の顔が顰められる。綺麗好きなジョンとは対照にジムはゴミ溜めのような部屋で暮らせる男だった。 散々机を引っ掻き回した後、彼は発掘されたリモコンを天井に向ける。するとチカチカと暫く点滅して電灯が点いた。明るくなると部屋の汚さが一層目立った。 「着替えたか?」 ジムが振り向くとジョンが丁度着替え終わった後だった。ジムの体格の方が良いらしい、ジョンの着ているジャケットの肩の位置が些かずれている。 「んで、一体何を始めようっていうんだ?」 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにジムは笑みを浮かべ、立体地図を展開した。 「〈騎士〉を集める、要は仲間集めだ」 「……ピーターと合流するってのか?」 嫌そうにジムを見ると彼は頷き、地図を指差して説明を始めた。先程の連絡でピーターも二人と合流したいという旨をジムに言ったそうだ。場所は此処からそう遠くない都会のど真ん中、しかも地方自衛隊本部と来た。 「馬鹿じゃないのか、目立つ所で合流してどうする? あいつのせいで今俺達〈騎士〉は政府の注目の的なんだぞ!?」 ジョンが怒るのは尤もであったが、そんな彼を前にジムは肩を竦めた。 「仕方ないだろう、派手好きなあいつのことだからな。政府の気をこちらに惹きつけておきたいらしい。」 まあ、あいつの権威を考えたら敵の気を立てておくことが必要かもな。 最後に一言付け足すと彼は地図を仕舞い込んだ。待ち合わせ時間は今から六時間後だった、移動距離を考えてもまだ余裕はある。 6 ピーター・レミントンと二人が出会ったのは、とある廃墟であった。密かにあの計画が進められていると聞き、阻止するべく赴いたのだ。しかし駆け付けたそこには無残な姿の人間が何体か転がっているだけであった。皆が刃物やら武器を手にして死んでいることから殺し合いだったらしい。 「おやおや? まだ残っていたみたいだ。どうしよう、顔見られちゃったしなあ」 奥に目を遣るとあの殺し合いを傍観していたように頬杖をついている男がいた。男はどうしようと言う割に焦っている様子はなく寧ろ落ちついており、ゆっくりと立ち上がった。 異様な雰囲気を感じ、瞬時に二人は権威を使えるような体制をとる。まずジムが素早く男と間合いを詰めて目を覗き込む、彼の権威は人の心を操り支配するもの、人の目を見てこの権威は効果を発揮する。そして普段ならば、動きを封じた相手にジョンが手を翳して発病させる。ジョンの権威は疫病を蔓延させるもの、さらにその病の進行を早めることも出来る。これらの権威で死ななかった者を二人は知らなかった。しかし…… 「……何っ?」 その場にいた三人が皆同じ顔をした、「何故?」という文字がはっきりと顔に書いてあった。 「驚いた、君たち〈騎士〉だったの?」 途端にジョンは理解した、そうか〈騎士〉の権威は他の〈騎士〉には効かないのだ、と。横にいるジムを見ても納得した顔をしている。そうするとこの腹の立つ口調の男も〈騎士〉ということなのか。主は自分が〈騎士〉である事、己の権威について教えてはくれたが、同胞同士で権威は効かないという事など一切話してくれなかった。ジムとは長い付き合いだが権威を行使することはないため、気が付く事もなかった。 「そうだ、あの計画が進められていると聞いて来た」 「なら私と同じだね。けれど残念ながらその情報は嘘だったみたいだ。怪しい麻薬組織の類だったよ」 嘘と分かるなりジムは肩を落とした。此処まで来るのに彼は自慢の車を傷つけるのを顧みることなく獣道を突っ走って来たのだから。しかし間もなく表情を戻す。考えてみればあの計画は極秘で進められているのだ、そう簡単に尻尾を掴ませるとは思えない。掴ませるならダミー、計画に反抗する者がいるかどうかを調べるための言わば餌にあたる。まんまと彼らはそれに引っかかってしまったのだ。しまった、我々の存在を認識されたとジムは舌打ちをした。だが、男――ピーター・レミントンと名乗った――は口角を上げてにっこりと笑ってみせた。 「私らの事は知られちゃったんだし、いっそ行動起こした方が楽しくなるね」 冗談に聞こえたその言葉が本気だった事を二人が知るのはずっと先であった。 7 彼女の予言のお陰で命を取り留めた平川一行が漸く城ヶ崎らの元へ到着したのは、ヘリコプター爆破から二時間後であった。 「平川……無事で何よりだ」 「ええ、まさかこんな事になっているなんて」 平川は話を聞き終えたらしく、信じられないという顔でいた。人生で初めて自らの命が危険に晒されてまだ整理が付いていないらしい、落ち着きなく周りをキョロキョロと見回している。城ヶ崎自身落ち着くのに一日かかったのだ、まだ学生の平川が不安なのも無理はない。 「でも、何で僕が?」 そう、彼は何故自分が選ばれたのかを知らない。知っているのは城ヶ崎と政府のみ、城ヶ崎は彼の才能にいち早く気付いたのだ。そしてその才能がこの計画を更に成功へと近付けるものだと確信していた。彼の才能はまだ完全には開花していないが此処に来たことにより自ずと開花されるだろう。 「私から説明しなくても直ぐに分かる」 8 『クラムボンはわらったよ。』 どうして。 それはこのよがしあわせでみちているから。 『クラムボンはわらっていたよ。』 なぜ。 しあわせはむかしのはなしだから。 『クラムボンは殺されたよ。』 だれに。 せのびしすぎたにんげんたちに。 『クラムボンはわらったよ。』 どうして。 それはおもしろいことがはじまろうとしているから。 かぷかぷわらうのはにんげんじゃなくてくらむぼん。 [*前へ][次へ#] [戻る] |