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『その時』が来たら(柚木)完
道中
 痛い、辛い、苦しい。そして、とてつもなく眠い。もう限界なのだ。本当なら、きっと今頃僕はもうただの死骸になっているのだろう。それでも、あの日の光景が、あの日見た涙が僕の足を動かす。何で、もうすぐ『その時』が来るっていうのに、わざわざ僕は頑張っているのだろう。
 首を動かして、周りの景色を見る。昼だからだろう、まだ人はまばらだ。ただ、買い物をする人たちで賑わっている一角もある。あそこが、さっきまでいた商店街。何だ、こんなに必死に頑張って進んで、それでもこれしか進んでいないじゃないか。こんなの、馬鹿みたいだ。
 そう思った矢先、
【パアーッ!】
凄まじい音と、目も眩む程の眩しい光。
 どうやら僕は道路の真ん中で立ち止まっていたらしい。少し向こうから、一台の車がこっちに向かって進んでくる。間に合わない、野生のカンがそう告げた。本能が体を動かそうとするが、重たいそれは少しも動こうとしない。
 でも、それでも良いかもしれない。もう、ここで終わっても良いんじゃないか。悲しむかも分からない人間の為に、努力する意味なんて…。
 車は、更に近づく。気配が近づいてくる度、僕の体は震える。本能が、生存本能がそうさせるのか。体の底から湧きあがる、ぞわりとした嫌な感じ。しかし、体は動かない。…もう、頑張るのは嫌だ。そう思った。
 そして、僕は静かに目を閉じた。

 ……怖い、嫌だ、もう頑張りたくない、死にたくない、怖い、誰も悲しませたくない、怖い、いやだ、怖い、こわい、こわい、こわい……!

 車が近づいてくるほんの短い時間に、僕の中では様々な感情が湧きあがり、そして車は……車は―…

 大きなブレーキ音を立てて、僕のすぐそばで止まった。
 窓から運転手が顔を出し、僕を見る。彼は僕の無事を確認すると、安心したような、それでいて泣き出しそうな顔になった。
 …何で、僕は無事だったのにそんな顔するんだよ。もし、僕がはねられていたら、どんな顔をしたんだよ。
 ……ああ、やっぱり、人間は理解できないや。
 僕は、もう一度歩き出した。せめて歩きながら揺らした尻尾が、彼から見て少しでも元気そうに見えると良い、そう思いながら。


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