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彼等は反逆し得るか? (kankisis) 完
 ケニムヴェルセス オース エニア湖畔 エルス城 事務棟 第八執務室
「……では、報告を」
 王室直属外部対応部長官ギズの部下第七事務補佐官が、持ち前のいかにもやる気のない、間延びした気怠そうな声でノメール方面担当第一外交官オドグの三次報告を促した。オドグはこれから自分の言うべきことを再度頭の中で整理し、そしておもむろに口を開いた。
「単刀直入に言わせて頂きます、事態は思ったよりも深刻で、最悪の途を辿っています、再統合の道は閉ざされたに限りなく近い状態に陥っています。ノメイル国外交官のホルドレル・オーヴァワクとの――」
「 “自称 ”ノメール国の暫定政府指定外交官ホルドレル・オーヴァワク」木製の高級肘掛け椅子に座っている仏頂面のギズ長官がかなりの、しかし何を言わんとしているか、それとわかる位の小声で呟いた。
 オドグは途中で遮られた報告を続けた。
「―― “自称 ”ノメール国の政府指定暫定外交官ホルドレル・オーヴァワクとの先月の会談で、〈これ以上ネーズル王国がノメール国に介入するようであれば、我が軍の武力を以てこれを確実に阻止する〉という宣言を受けました。そちらに送った資料に全文が書かれています――」その時、第七事務補佐官のズヘニグがギズ長官に資料とおぼしき紙の束を渡した。
 外交官オドグの報告は続いた。
「――我々ネーズル王国に比較的好意的なノメール国民の一派の中でも、再統合容認派はごく少数で我々の助けには到底なり得ません。国民世論はそのままの分離状態を望んでいます。ネーズル王国内でも、アセムトリトンやレストロイジンの自治政府は再統合に反対表明をしており、彼等の助けは得られないでしょう。また、サンドリケイシス、カランドルス両自治政府も度々言葉を濁しており、積極的な協力を求めるのは難しいでしょう。王国西部先進地域の政治家の中にはノメイ……ノメール国の再統合を強く叫んでいる者もいます。しかしやはり、賛成派の西部先進地域全体に占める割合は三割弱に過ぎません――これは私の信頼出来る部下の調査によります――ロバースのエンデルグ・ミエソ記念総合学者会も再統合の強行を勧めていません。これらのことを総合的に見て、ノメール国の再統合は諦め、最終的には継続的な友好関係を保ってゆくのが妥当かと思われます。では終わります」報告の後半部分をオドグは早口に済ませた。
 ギズ長官がおもむろに、大儀そうに口を開いた。その太った腹から絞り出される声はよく響いた。彼の目は、開けるのさえもが面倒だというように、じっと閉じられていた。唯その手はしっかりと部下のズヘニグに渡された資料を握りしめていた。
「ノメールの奴らは何だ、再統合に反発しているのか?」
 オドグは答えた。
「はい、そうです」
「ふん、馬鹿な奴らだ。こっちと仲良くしておけば良いものを。王国と一緒にいれば奴らにも得な筈だ。いくら埋蔵資源があるとはいえ貧しいからな。それに帝国にも狙われることはない。あそこのガゼルにも苦戦しているんだろう? いつかあの馬鹿どももどうすれば得になるかと気付くだろう……いつかはな。オドグ、」ここまで言うとギズ長官はそれまでの独り言のような口調(唯確かにそれはよく響いた)を一転させ、咎めるような厳しい声で言った。「オドグ・ファス、お前は俺達ヴェルセン人の中でも出来る方だ……だがこの外部対応部では私の考えが全てだ。私の言うことにさえ従ってさえいれば良いのだ。東の野蛮な奴らの意見なぞ一切参考にするな。それに学者なんぞも無視しろと言っているだろう。何度私に言わせる気だ」
 オドグは下げていた頭をより低く下げた。「申し訳ありません、長官」オドグは長官が身を乗り出すのを感じた。
「解雇だ」
 オドグは言葉をよく聞き取れず、頭を上げた。
「解雇だ、この城から出て行け」
 オドグは自らの意志によって口を開いた。もはやこうするしかないと思われた。
「私は、長官、あなたの考えには賛同しかねます。彼等とは友好関係を保ってさえいれば良いのではないのですか? なぜそこまで再統合に執着しているのです? 仲良くすると言っても道は再統合だけじゃない筈です、ギズ・リグゾ長官!」
 長官は目をかっと見開いて叫んだ。「黙れ! お前はとうに解雇された身だ、私に何かを言う権利などない! 早く出て行け!」その姿は怒れる雄牛に似ていた。
 オドグは諦念し、素直にギズの執務室から出た。ドアの横に立っていた事務補佐官は無言で大人しく道を空けた。事務棟を出、オドグは作業棟に入った。
 その倉庫のような建物は、オドグのような行政上の主要都市を常に往き来する役人――彼はもう解雇されてしまったが――のために使われていた。煉瓦で土地を囲い、屋根を取り付けただけの建物の中は広く、四方の壁にはたくさんの出入り用の両開きの扉がはめ込まれていた。剥き出しの地面に直に置かれた作業机は整然と並べられ、雑然と物の置かれたそれらの机は常にその九割が役人で埋まっているという様相を呈していた。
 正面の一番多きな入り口から入り、オドグは壁に沿って進んだ。自分用の作業机まで辿り着くと、オドグは荷物を纏めだした。
 ああ、こんなことになるだなんて、自分は一体何を考えていたのだ? まだ機会はあるだろうか、いや、あのギズのことだ、もう可能性はないだろう……それより、この先どうやって食べていくかだ。自分に何が出来るだろうか……どこかの料理屋で働くか? 下男や召使いにでもなって、一生を棒に振るのか? まあ、場末の酒場に入り浸って、それでもって酒に酔いつぶれて体を壊すよりはまし、だな。そうだ、ソーロンへ行こう。とりあえずはそこで要らなくなった道具を売り払って、その金を当分の生活費に回すとするか……じゃあ住まいはどうする? 住む所がなけりゃあ、宿に泊まるか……野宿、か。可能性、は残っていないのだろうか、本当に……。
 その時、背後から声が掛かってきた。「オドグ! どうした、荷支度まで始めて、そんな考え込んじまって! さっきは君やギズ長官の声が隣の第七執務室まで聞こえてきたぞ。あそこで一体何があったんだ?」
「解雇された」
「まさか! 君が? 冗談だろう?」
「冗談じゃないさ、ナラヴ」
 ナラヴは言った。「……まあ、そうだろうな。君がこんな馬鹿げた嘘を付く筈もない。で、何で君みたいな才能ある人物が解雇されたって言うんだ? ……いや、待て、答えるな……大体の察しは付く。どうせまた、あの肥えた雄牛の指示に従わなかったんだろう、オドグ、きっとノメイル国とか口走ったり、どうせそんな所だろう?」
「仕方ないじゃないか……東部の意見は参考にするな、学者の意見も無視しろ、いくら何でも無理があるさ」
「そりゃあのギズ・リグゾは見た目は牛だが中身は豚さ、でも、もっと踏ん張れなかったのかよ、ギズの奴、いくら言うことを聞かないからって解雇まで――」ナラヴの言葉をオドグは途中で遮った。「もう終わったことだ、ナラヴ」
「……よし、それならわかった、じゃあお前の新しい職が見つかるまで、暫く俺の家に泊めてやるよ。友人として少しばかりだが経費も、俺が都合しようじゃないか」
 オドグは誠実な友人の申し出を断った。
「いや、別に、大丈夫だ。少しの間なら金はものを売ればどうにでも工面できるし、職が見つかって落ち着くまではどこかの宿にでも泊まっているよ……君の家だと、君の家族に迷惑をかけることになるだろうし。それはちょっと悪いから。ああ、今思いだした、ソーロンに資産家の叔父がいてね、上手くいけば、ソーロンで何かしらの事業を興せるかもしれないんだ、確かそう言ってた……だからソーロンに向かうよ。暫くあっちで過ごそうかね」
「そうか、ソーロンに行くんだな、それなら良かった。あそこは良い所だ。運次第で何でも狙える。頑張れよ――そうだ、ソーロンに着いたら、手紙でも何でも寄こせよ、上手くいっているかどうか、知りたいから……いつ頃オースを出発するんだ?」
「明日、準備が出来次第」
「じゃあな、頑張れよ」頷くと国内問題対応部職員は去っていった。
 手元を見る。荷物はまとまった。さて、今夜はどこで過ごそうか。財布の中には五十フスコあった。今日の宿賃と夕食費で大体六フスコ、残りはそれからの生活費だ。なるべく安い宿を探そう……。
 オドグは城の正面の門をくぐり抜け、街に出た。

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