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彼等は反逆し得るか? (kankisis) 完
 サンドリケイシス
 十月七日、五日目を迎えた断食祭は大きな盛り上がりを見せていた。朝、ナニウォスはゲヌズの衣装を普段着の上に着てミエルクらと共に東広場とは対照的に人の手によって整備された西広場に立っていた。
 これから出発する三人の周りは村中の人々で埋め尽くされていた。ガイレクを始めとする祭祀係や家畜管理人のミルテン、そしてケルトフ、首長ドラムらが三人を観衆から守るように囲んでいた。ざわめきの中、まずキテウクがグレニス・トゥロの一節を唱えだし、その後他の祭祀係達がそれに続いた。
 ナニウォスは熱心に光景を書き取っているミエルクを横に神妙な気持ちで声を聞いていた。キテウクが途中で声を静め、ナニウォスの前に進んだ。他の祭祀係達は唱和を続けていた。キテウク、ナニウォス、ミエルクの順に三人は西広場を出、村の住民に送り出される形で村を離れた。
 昼頃、広大な草原をかき分け歩いていくと、目の前にごく小さな川が現れた。
「ロット川だ。レストロイジンとアンスカイリルの境でストネーム川と合流する」ミエルクが呟いた。
 ロット川を渡ると、今度は細い道に出た。道なりに歩いていき、夕方、一行は再び川に遭遇した。「兄さん、この川は?」ナニウォスが尋ねた。
「ストネーム川だ」
 キテウクが何かを探していた。「あったぞ」見ると、キテウクは色褪せた背の低い草に隠れるようにして川の上に横たわっている丸太を指差していた。慎重に川を渡りきると、既に火山が目の前に見えていた。
「あれを登ってゆくんですね」ナニウォスが言った。
「いや、別に、いいんだ」
「どういうことだ?」ミエルクが驚いた風に言った。「別にいい、とは?」
「三日じゃあの山は登りきれない。かわりにこいつが洞穴に籠る」キテウクが懐から小さな人形と思しき物体を取り出した。「そこの洞穴にな」キテウクが示したのは足下にぽっかりと開いた大きな洞窟だった。よく見ると、丁度良く岩でできた階段が奥の暗闇へと続いていた。冷気が吹き上げてきた。「ナニウォス、これを」キテウクはそう言って人形をナニウォスに手渡した。「奥に小さな、祭壇がある。そこに置いて来るんだ。そうしたらゲヌズの仕事は終わりだ。中は真っ暗だが、暫くすると目が慣れて見えるようになる筈だ。怪我はするなよ。さあ行け」
 ナニウォスは渡された人形を手にいびつな階段をゆっくりと下っていった。外からの光がほとんど届かなくなって何も見えなくなった頃、丁度キテウクの言っていたように目が慣れて、周囲をぼんやりとだが確認できるようになった。
 周りを見回してみると、変わった物が所々にあるのが見えた。何か、細い円柱が地面から何本も生えていた。両脇には四角い穴がいくつも開いていた。延々と同じような風景が続いたが、ようやくナニウォスは洞窟の奥まで辿り着いた。キテウクの言っていた祭壇はすぐに見つかった。それはごく小さなものだった。その祭壇には、これまで毎年ゲヌズが持ってきたのであろう人形達がいくつも転がっていた。ナニウォスはその中でも特に古そうな人形を横にずらして隙間を作り、持っていたまだ新しい人形を静かに横たえた。
 二人の待つ地上へ戻ろうと身を翻したナニウォスは背中に形容しがたい寒気を感じ、歩を速めた。何事もなく地上へ戻ったナニウォスは太陽の強い光に目を細めた。
「どうだ、無事に戻って来れたか」キテウクが言った。ナニウォスはうなずいた。ミエルクは何やら複雑な表情をしていた。「もう引き返すのか」ミエルクが尋ねた。キテウクが答えた。
「いや、レービスのある村に泊めてもらう。ここ百年ほどはずっとそうだ」
「何て言う村だ」
「フェル=ノルド……ほら、迎えが来たぞ」
 兄弟は顔を南へ向けた。二人、ナニウォスと同じ位の年齢の若者が急ぎ足で向かって来た。「やあすみません、遅くなりました」一人がかなり訛の強いワ・テクスで謝った。「ヴォタニェンです、こっちはフラデリグ。ゲヌズさん、さあ行きましょう」
 二人に案内されて行き着いた所は、山あいの、よく注意して通らなければ絶対に気付かないといった風の村だった。
 夜の空は明るかった。ミエルクは村人の話を書き取るのに必死になっていた。ナニウォスはヴォタニェンと話し込んでいた。
「そういえば、ワスロル長老がお亡くなりになったって噂、本当ですか」
「そうですね、本当ですね」
「残念ですね」
「でも、」ナニウォスは言った。「普段からおっしゃっていたことはきちんと実践しましたね。ただ、それが上手く伝わったのかはよくわかりませんが」
「そうですか? 彼の理論は自分にはとても明確に感じられましたが」
「きっとそう思える人もいるんでしょう。……まあ、少なくとも僕にはわかりにくかったですね、あの人は僕も尊敬していましたが、少し、何と言うか、方法があまり良かったとは言えません」
 ヴォタニェンは曖昧に笑っただけだった。ミエルクがやって来た。「さあもう寝ないか」


 翌日十月八日夜、ナニウォス、ミエルク、キテウクの三人はフェル=ノルドに別れを告げ、帰途についた。ロット川を渡りきってキテウクが村の方角を確かめた時、彼はあることに気付いた。
「煙が……」
 丁度マイヘンの村のある辺りから煙が上がっていた。目を細めたミエルクが叫んだ。「何かあったのか?」
「急ごうか」キテウクが呟いた。
 明け方になるにつれて、立ち上る煙ははっきりと確認できるまでになっていた。
「まさか」ミエルクの顔が青ざめていた。
 村の残骸は未だに燻っていた。数多くの死体は黒く焼け焦げていた。むかむかするような臭いが漂っていた。「兄さん!」ナニウォスが兄を呼んだ。「生きています、カウセンです」
 呆然と立ち尽くしていたミエルクが駆け寄った。
「カウセン――おい、どうしたんだ? ここで一体何があったんだ?」
「襲われた……百人位だ。南から来て……殺して、奪って、去っていった……くそ……なぜ、なぜなんだ」
「アセムトリトンの奴らだ、そうに違いない!」ミエルクが突発的に興奮して言った。
「兄さん、どうします」ナニウォスが訊いた。
「さあな……カウセン、どうだ、立てるか?」
「手を貸してくれれば、何とか」
「キテウク! 来てくれ。まだ生きている人がいるんだ、治療できるか?」
 キテウクは急いで三人の元に来ると、カウセンの傷を診始めた。「どうだろうか、火傷が酷いし片足が折れている。とりあえずの処置は出来るが、後はどうなるか」
「頼む、やってくれ――カウセン、他の村はどうなったかわかるか?」
「いや……わからない」
「キテウクさん、誰か他に生き残った人はいましたか?」
「いや、ナニウォス、みんな死んでたよ……村長も……」
 ナニウォスは着ていたゲヌズの衣装を脱ぎ捨てた。
「この後はどうする? ここにいたら何があるかわかったものじゃない」ミエルクが言った。
「他の村は安全かもしれませんよ」
「そうだな、行ってみるか……キテウク、カウセンの具合は?」
「まだ死にはしない、が、油断は禁物だ、といった所か」
 ミエルクとナニウォスはカウセンを助け起こした。四人は村の中心から出ようとした。そこでミエルクは何かに蹴躓いた。それが何かを見極めようとしたミエルクの顔は呆然となった。片方の支えを失い平衡を崩したカウセンは呻き声を上げた。
「兄さん!」
 呻き声や弟の呼びかけにも関わらず、ミエルクの目は足下の死体に釘付けになっていた。ケルトフだった。
「兄さん、早く行きましょう!」ナニウォスは再び叫んだ。ミエルクはふと我に返ると、身を震わせてカウセンの体を担ぎ直した。
 一行はマイヘンを出て隣の村のある北へと向かったが、同じく煙が上がっているのと、すぐ近くで集団が動いている気配があるのに気付き急いで背の高い草陰に身を隠した。
「やはり奴らか」隙間から様子を窺ったキテウクが囁いた。アセムトリトン人の格好をした十人程の集団が近くに座って休憩を取っていた。
 四人は暫くアセムトリトン人達の様子を見ていたが、彼らは中々動き出そうとしなかった。
「離れるか?」ショックから少しばかり立ち直ったミエルクが沈黙を破った。「ここで他のが来るのを待っているのかもしれない。ここにいてもどうしようもないだろう」
 他の三人は賛同の意を示した。一行はゆっくりと敵に気付かれないようにしてその場を立ち去った。
「しかし、他の村へ行くのは危険そうだな。どうする? またフェル=ノルドに戻るか? あそこは山の中だから安全だと思うが」キテウクが提案した。しかしミエルクが反論した。「いや、首都地方に行った方が良いんじゃないか? 王国政府はこのことをまだ知らないかもしれない……それにあっちにはギルナがいる、きっと助けてくれる筈だ」
 議論の後、一行のうちカウセンとキテウクはレービスへ、ナニウォスとミエルクはレービスを横切ってギルナのいるオースへと向かうことになった。彼らは途中フェル=ノルドの手前で別れを交わした。結局兄弟二人だけの旅になった。

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