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彼等は反逆し得るか? (kankisis) 完
 ケニムヴェルセス ソーロン
 オドグはオースからソーロンまでエニア湖の南岸を回り込むように走る街道を歩き通した。これから中に入ろうとする者をまさに圧倒せんとするかのような、大きな鉄の門をくぐり抜け、オドグは人の流れに身を任せて市街地に入った。
 さて、まずは宿を確保しよう。
 オドグはロント方面へ向かうときはいつも利用している宿、〈ヒエーレ‐ネルト〉に足を向けた。赤と白の入り交じった大きな看板を見つけてオドグは胸を撫で下ろした。とりあえず拠点は見つけた。
 〈ヒエーレ‐ネルト〉では何かいつもと違ったことが行われているようだった。中はかなりの人がいるにも関わらず、数人の話し声しか聞こえてこなかった。中に入ったオドグは、いつもと違った雰囲気に少々身を退けざるを得なかった。よく覗き込むと、どうやら面接が行われているようだった。中にいる多くはきっと面接を受けに来た人達なのだろう。ここにいるべきではないと悟ったオドグは、こっそりと〈ヒエーレ‐ネルト〉を出ようとした。
 そのとき、オドグは隅でじっと面接の様子を見つめている人物に気がついた。視線に気が付き、ふとこちらに顔を向けた人物はオドグを認めると笑顔になって手招きをした。
 近づくと、その人物が小声で話しかけてきた。「オドグじゃないか。出張か? それとも、私が恋しくなったのかな?」
「冗談はやめて下さい、叔父さん、ギズに解雇されたんですよ」
「はあ、お前がか? さては、そのギズ何とかとやらの愛人に手を出したんだろう」
無言で顔をしかめたオドグは叔父に急いで事の顛末を語った。全て聞き終わった叔父は真顔に戻り、そのままオドグに待つようにと言った。
 その間も面接は着々と進んでいた。合格した人は何かを言い渡されて笑顔で〈ヒエーレ‐ネルト〉を出て行ったが、不合格の人は残って面接を見物していた。最後の一人が合格し二人いた内の片方の面接官が出て行くと、見物をしていた人々は何かしら満足げな顔でぞろぞろと先の人の後をついて出て行った。中にはオドグとその叔父、それに宿の主人と面接官のみが残っていた。
 面接官がオドグに気付き、木で出来た染みだらけの椅子から立ち上がって「おい、もう面接は終わったんだ、早くあっち行ってこい」と言った。
「ああ、こいつはいいんだ。俺に付いてきてもらうから」叔父が言ったが、面接官は言い返した。「勝手なこと言わないでくれよ。あんたの独断でそうするのか? いつもその“独断”で俺達は損してるんだ。こんな事業、もうやめにしてやったってこっちは別に構うことなんかないんだからな。ベルデ、忘れるな」
「いいだろう、それに、デルマスィン、勘違いしてるぞ。こいつは面接に来たんじゃあない。俺に会いに来たんだ。紹介する。こいつは俺の甥でオドグだ。働きもんだぞ。こいつはな、期待の新星だったのに馬鹿気違い上司のリグゾ野郎に解雇されちまったのさ。可哀想なことだ」
「何だ、それで、ベルデ、そりゃ上司が悪いのか、こいつが悪いのか、どっちだ」デルマスィンが仏頂面で訊いた。
「上司が悪い。冗談じゃなくてな。こいつの元上司は駄目な奴だ。人の話じゃとても肥えているそうだからきっとすぐ死んで代替わりするさ。それまで、俺が雇うんだよ」
「ふん……まあいいさ――」するとデルマスィンは、ふいに顔をオドグの方へ向けた。「おい、オドグ、お前の叔父が言うから信用するがな、あんたは俺にとっちゃ赤の他人だ。忘れるな。まあとりあえずは少し働いてもらって、それから全部お前に関することを決める。これは予定外の事だ。いわゆる例外ってやつだから、せいぜい俺を失望させない程度に頑張るんだな。そうすりゃ見方も変わるかもしれん。ベルデが世話するそうだから、無理な事じゃないだろう――よし、もう行こう、今日雇った奴らはあいつだけじゃどうせ扱いきれない」
 ベルデ、デルマスィン、オドグらは〈ヒエーレ‐ネルト〉を出た。主人は門の所で見送っていた。
 目的地へ向かって道を歩いている最中、オドグは叔父に話し掛けた。「叔父さん、今はどんな事業をしているんですか。あれだけの人を雇った所を見ると、何か大きな事を始めるようだってことはわかるんですけどね」
「我が甥よ、『新聞』という至極高尚なものは知っているかね?」ベルデはオドグが頷いたのを見て続けた。「新聞っつうのはお前も知っているだろうが、つい最近発明されたばかりのものでな、確か……丁度一年位前に、ボレイゲンのデマノス=ファラットとかいうのが新しく組合を作って本格的に始めたんだそうだ。島の方じゃあ大陸の様子を知る手段が少ないというんでどうやら人気らしい。俺はだな、この新聞とやらはこれからこっちでも、とってもとっても流行りそうだと思って、デマノス何とかを真似て人を集めたんだ。みんなやる気がある。皆、珍しい物好きだからな。浮浪者もいるし、家業を中断して組合に入った者もいる。他の新聞組合と違うのは、とりあえず働ける奴は使うということだ。新しく出来たどこの組合も、有能な職人や色々な所にコネのある人物ばかりを選んで引き入れているんだ。まあそれでもいいんだろうが、やっぱりバランス良く人材は取り揃えておかなければいけないだろう。下から上までだ。上ってのは、つまり、お前やデルマスィン、あと、もしかしたら知っているかもしれんが、記録者のイェイレル・ネセトウァー・テレクセリとかのことだ。運良く彼女の協力を得ることが出来た。デルマスィンのおかげでな。それに、オドグ、お前は(有能な上司には恵まれなかったが)大分経験を積んで来ただろう? 何でも、ノメールとの外交を担当していたんだって? だったら、やっぱりこっちにとっちゃお前は相当な価値がある。俺達にとって怖いものなんか、要するにないんだよ。何、心配するこたない。お前が復帰するまでこっちで働いてもらうってことだけなんだから。ああそうだ、ちなみにデルマスィンは、必要な資金を半分提供してくれているんだから、あまり逆らっちゃいけないぞ」
「ええ、わかりました……自分のする仕事は何ですか?」
「何、簡単なことさ。新聞に載せる情報を、適当に集めてくれればいい。イェイレルが重要な情報を我々に教えてくれる手筈になっているから、そのほかのちょっとした話題を仕入れてくれ。なるたけ庶民の好きそうなことをな。それだけのことだ。イェイレルやお前の情報は、“下”の奴らがまとめて刷ることになっている。それを、発行してやるんだ。大体、わかったな」
 その時、彼らの目的地が見えた。市街地の北の門を出た丁度はずれにある、大きく頑丈そうで重厚な建物だった。どうやら新しく建てられたものらしく、市の役人達がその周りで建物を見上げながら記録用紙を持って何やら熱心に書き込んでいた。デルマスィンの話によると、彼らは市の調査官で、新しい建物の使用用途や土地面積にかかる税等を調べているということだった。もう一人、記録をとっている人物がいた。
 ベルデがその人物に近づいていき、話し掛けた。
「やあ、テレクセリ、この建物の記録をとっているのかい? 確かにこの建物は画期的だとは思うがな、記録をとる程のものでもないんじゃないかな?」
「あなた方に記録を提供するなんてこと、別にしなくてもいいんですけどね」彼女は鋭くベルデを見やって言った。ベルデが慌てて言葉を返した。「い、いや、どの記録をとるかなんて、そりゃ本人の一存でしか有り得ないってこと位、知っていますよ。いや、私が言いたかったのはですな、」
「誤魔化すのはよしなさい。恥が増えるだけです。私の見たところ、もう増えようがない程増えすぎてしまっているようですが」イェイレルはまるでちらともその姿を見たくないとでも言わんばかりに年月によって皺の深く刻まれた厳しい顔を背けて、建物の中に入っていってしまった。
 少し経ってからオドグは言った。「あの人ですか、叔父さんの言っていた記録者は? きっとレストロイジンの出なんでしょうね、なりも、名前も、話し方も、そう物語っていますよ」
「確かにそうだ。典型的なレストロイジン人だろ――お前の叔父さんは彼女を相当怒らせちまったようだな」デルマスィンが言った。
 そして役人達の視線を浴びて困惑気味のベルデがやっと口を開いた。「まあ……これから付き合っていくことになるんだ。彼女の性格を知ったということにして、今はとにかく、中に入ろうじゃないか」

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