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マグの足跡(千葉)完
ラストバトル
また、広い部屋に出た。真っ赤なじゅうたんとシャンデリアの対比が眩しい。
真四角の部屋の中央にある玉座に気配を感じた。その影が動く。
『…そこにいる貴様……誰だ?』
恐ろしく低いその声は、人間のものではなかった。
「お前がヤマテノだな?」
二歩三歩、玉座に近づく。
「王女の牢屋の鍵、よこしてもらうぞ」
玉座の影から、モンスターの巨体が姿を現す。
『本当に貴様のような馬鹿が現れるとは』
(こ、こいつが…ヤマテノ)
蛙と恐竜が混ざったような体に、銀色のたてがみ。
白く尖った爪に、大きな口から覗く牙。
二本の足で支えられたその体は、優に三メートルはあるかと思われた。
『鍵は我の腹の中にある』
「腹の中!?」
ヤマテノが二本の太い尻尾で床を打ち鳴らす。
ガシャン、と音を立て、部屋にあった三つの扉が全て鉄格子で封鎖された。
もう逃げられないという訳か。
『鍵が欲しいのなら戦え、人間』
すっとヤマテノが手を玉座に差し伸べると、玉座はその場から消え去った。
『舞台は整った! 貴様の死に舞台だ!』
槍を握り締める。ここまで来たんだ、行くしかない!
「…いくぞ!」
一気にヤマテノに向かって加速する。まずは奴の喉元を―――
「よし、もらったぁ!! …!?」
槍が空を切った。眼前にヤマテノはいなかった。
『馬鹿が!』
「!!」
強烈な打撃が背中を襲った。体が床に打ちつけられた。槍は何とか離さなかった。
急いで起き上がる。ヤマテノの姿が見えない。周りを見渡しても、いない。
(き……消えた!?)
『貴様には、見えん!』
足音は無く、ヤマテノの声だけが部屋に響き渡る。
(…来る!?)
殺気を感じてマグは右に横っ跳びした。
次の瞬間、ズガァ、とさっきまでいた床がとえぐられたのが見えた。
「あぶねっ!」
絶えず体を動かさなければ、死ぬ!
『さぁかかってこい! できるものならな!』
ひたすら駆けて、跳んで、次々と来る見えない攻撃を交わす。いつまでこの体力が持つのか?
足が動かなくなれば、そのままお陀仏だ。その前に何とかしなければ。
(…つってもどうしたらいいんだよ!)
『どうした、逃げるだけか!』
また、じゅうたんごと床がえぐられる。
脇腹を何かが掠った。徐々に体のキレが無くなっていく。
ヤマテノの攻撃のペースは一向に落ちない。
(くそっ…)
そういえば、奴は『見えん』、と言った。
つまり姿は見えないだけで攻撃は当たるということか。
『よそ見してる暇は無いぞ!』
「うおっ!?」
今度は頭を掠めた。帽子が吹っ飛びそうになるのを右手で何とか押さえる。
すぐに前方に向けて走る。また床に傷跡が…くそっどうすればいい!?
(……まてよ?)
目の前には丁度部屋の隅にあたる部分が見えていた。
(賭けてみるか)
襲い来る襲撃を交わし、部屋の角に向かう。
(来い!)
九十度の角に体が収め、瞬時に体を反転、部屋の中央の方を向いた。
『死ね!!』
(今だ!)
槍を全力で前に突き出した。
『がっ!?』
何かに刺さった感触がした。
すぐさま引き抜き、ひたすら槍でそれに向かって突いた。
やはり感触はある。
『ぐあああぁっ!!』
「どうだ!」
角にいれば、自分を攻撃できる場所の範囲は狭まる。
それを利用しマグは賭けに出たのだった。
『……クソ!』
刺さる感触が無くなった。床を蹴る音がした。
部屋の中央にヤマテノの姿が現れた。
「まだか!」
急いでヤマテノに向かって走る。
『丸焦げにしてやろう』
「!?」
突然ヤマテノが口を開いたかと思うと、その中から炎が凄い勢いで噴き出して来た。
急いで右にかわす。
『まだだ!』
「おっと!」
ヤマテノは火を絶やすことなく吹き続けてくる。
避けるのは何とか間に合うが、これではこちらから攻撃できない。またこのパターンか…
(…ちょっと待て!)
天井に目をやる。そうだ、シャンデリアだ。シャンデリアを使おう。
先程のヤマテノの攻撃による激しい振動で、シャンデリアを吊るしているチェーンもガタがきているハズだ。
「おりゃっ!」
『!?』
槍を、天井中央にあるシャンデリアに向かって投げた。
『な…』
ガッシャーン、と音を立ててシャンデリアがヤマテノの脳天を直撃した。炎の攻撃が止む。ひるんだ――
「今度こそ!」
急いで落ちた槍を取り、ヤマテノに向かってそれをがむしゃらに振るった。
何も考えず、ただひたすら。
『…があああああぁぁァァっ!!』
ヤマテノは紫の泡を吹いた。手の動きを思わず止める。
「!!!?」
次の瞬間、体が吹っ飛ばされた。奴の巨大な手になぎ払われたのか。
『……人間ごときが』
「…………!」
全身に強烈な痛みを感じた。何とか体を起こし、ヤマテノの方を向く。
ただならぬ殺気だ。
ヤマテノだけではない、部屋全体がそれに共鳴している。
『貴様………女神に遣わされたか?』
「女神? …確かに俺は女神に会ったけど」
ヤマテノがこちらを強く睨む。
『我を倒せ、とでも言ったか』
「…まぁ、手、貸してくれたし…ことのついでだし、
約束した…それがどうした?」
『ハーーーハッハッハッハアァッ!!』
バシィ、とヤマテノが二本の尻尾を床に叩き付ける。
『女神はな…我をモンスターにした張本人だ!』
「…!?」
『私は元々モンスターとして生まれたのではない』
ヤマテノの額から、何かが突き出ようとしている。
『我は、王族の一員だった』
ツノだ…鈍い銀色の、一本ヅノだ。
『昔の話だ…女神は我の前に現れ、我は選ばれた者であると告げた。
そして、力を与えてくれると言った。我はその言葉に従った。
それがどうだ!? 我は醜いモンスターに成り下がってしまったのだ!』
マグはまだ意味をよく理解できずにいた。
あの女神が全ての元凶だったのか?
『そして女神は、今になって我を殺そうと貴様を差し向けた。
我はどうやら失敗作だったらしい』
ツノが妖しく光りだす。
『だがこのままでは終われん。我はモンスターの王となった。後は人間どもを従え、
あの女と一緒に新しい国を創り上げるだけだ! その邪魔はさせん!!』
カッ、とヤマテノのツノが閃光を放つ。
「何だ!?」
『きたぞ きたぞ!』
ヤマテノの全身を覆っていた緑色の表皮は剥がれ落ち、黒色の真皮が現れた。
さらに、部屋の壁全体に鋭く大きいトゲが張り巡らされる。
『さぁ死んでもらおう!!』
ヤマテノはこちらに向かって駆け出した。四足で突進するその姿はまさに野獣だ。
「何だかよく分からないけど」
マグは槍を構える。
「俺はこんなところで死ぬタマじゃねぇぜ!!」
全身の力を込め、槍を前に突き出した。
『ガッ!?』
よし、当たった!
しかしヤマテノは槍が額に突き刺さろうとも力を緩めることは無く、
ぐいぐいとこちらに向かってツノを突き立てる。マグは何とか踏ん張るが、徐々に壁へ壁へと追いやられる。
(…ここで死ぬようなヘマ…できるかってんだ!)
もう一度全身に力を入れなおす。奴だってもう限界のはずだ。
もう少しだ。あと、もう少し―――
「うおおおおおおぉぉぉォォッ!!!」
次の瞬間、パキン、と音がした。槍が折れた!!?
『死ねえぇぇェーーーっ!!!』
ツノが眼前に迫る。咄嗟に空いた両手でそのツノを押さえ込んだ。
『ガアアァァァッ!?』
突然ヤマテノは動きを止めた。
「何だ!?」
マグの手に触れたツノが、砂となり床に流れ落ちた。
『!!? …な……何故だ……!!?』
そして動きを止めたヤマテノの体も、徐々に砂と化していく。
『我はまだ……王族の証であるべきツノに、囚われていたとでも言うのか……!?』
砂の量が段々と増す。
『人間であることを捨てられ、捨てたこの我が…』
ヤマテノの体は完全に消え去ろうとしている。
『………答えろ、女神ぃーーッ!!!』
そして、ヤマテノは砂となり、消えた。
部屋のトゲも、鉄格子も全て消え去った。


(………、終わったか)
あまりにも急な決着だった。
張り詰めていた緊張が解け、今になって冷や汗がどっと出てきた。
「………あ」
砂に埋もれている何かにマグは気付いた。鍵だ。
「………………」
それを手に取り、はぁ、と深いため息をついた。
今はただ、何も考えずに、目を閉じていたい。
でも、早く王女のところに行かなくては。

マグは再び、赤い鉄の扉を開けた。

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あきゅろす。
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