[携帯モード] [URL送信]

秒針の嘲笑(消火器)完
U-2
結局、包装紙もリボンも断った。
英字新聞で包んだだけの大量の白い花を手に、私は店を出た。
人通りは少ないので、妙な視線を浴びることはない。
それでも、片手に革の鞄を、もう片手に地味だが大きめの花束を持って歩く男というのは、十分に奇しい光景だろうと思う。
私はいつもなら、一駅分電車に乗る。だが、この時間帯は丁度ラッシュだ。花が潰れてしまう恐れがあった。
私は、一駅くらいならと、歩いて帰ることにした。
駅への細い路地を無視し、通行量が圧倒的に少ない道に出た。向かいから歩いてくる人間は多い。しかし、私と同じ方向へ歩く人は見当たらなかった。
途中、振り返ったら、駅に続く道に人が吸い込まれるように流れていくのが見えた。
バスが二台、私を追い越していった。目を遣ると、どちらも満員である。
私の前方数メートルの停留所で、三台目がこれまた大量の客を吸い込んで走り去った。
空になったバス停には、長年風雨に曝されて半分腐ったようなベンチが所在無げに残されていた。
一段とまた冷たさを増した空気を感じ、私は歩く速度を上げる。
歩きながら考えていたのは、いつか見た、さっきのバス停にも何処となく似ているような停留所のことだった。
そこには同じように古びたベンチがあったが、その裏には紅い花が咲いていて、そこだけが私の三十年近くも昔の記憶に、白黒写真の中に一枚だけカラー写真が紛れ込んだかの如く、今も強烈に、鮮やかに焼き付いていた。
そして彼女に最初に会ったのも、その頃だ。
家には部活動だの何だのと言い訳し、実際はそんなものは殆ど放り出していた私の放課後の行き先は、専ら彼女の家と決まっていた。
今時珍しいような、敷地全体が花で溢れかえったのではないかとすら思わす程の庭に驚いて立ち尽くしていた私に、彼女から声を掛けてきたのだ。
思えば、彼女も退屈だったのに違いない。よく知り合いでもない男子学生に声を掛けたものである。
お互い、何か目立った話をしたことは無い。だが、彼女が友人から譲り受けたという絶版の本を読んだり、私とは全く縁の無い音楽や植物といったものの話を聞くのは、不思議と楽しかった。

[*前へ][次へ#]

6/9ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!