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秒針の嘲笑(消火器)完
T-2
室内はすっきりと片付いており、調度品は白で統一されていた。しかし、決して流行りに流されないコーディネートが、彼女のセンスの一端を垣間見せている。
窓は大きく、電灯を点けなくても十分に明るかった。
そして、その日光を避けるようにして、ひっそりと、唯一この部屋の白に反したものが置かれていた。
「ピアノ、弾くんですか」
キッチンにいる未由紀さんの背に向かって、声を掛けた。
お茶を淹れているのか、微かに甘いような香りが漂ってきた。
「あの、…随分立派なグランドピアノ、ですね」
「あまり上手くはないし、そんなに弾けはしないのよ」
微笑みながらそう言って、未由紀さんがお茶をトレイに載せて運んできた。
トレイもティーカップも白で、しかもシンプルなデザインのためか、お茶の色が引き立ってとても綺麗だ。
「庭で採れたから使ってみたけど、まだ試作段階なの。香りは良いけど、味はどうなのか……」
成程、カップの底には、粗く刻んだハーブらしきものが沈んでいる。
まだ熱いそれを口に含んでみると、何処か懐かしいような、甘さと苦味が程好く入り混じった味で、僕は殆ど無意識のままに「美味しい」と口にしていた。
「とても美味しいですけど。試作だなんて、そんな」
此れは、既に完成を見たとしか思えない。
僕が素人だからかもしれないけれど、それでも此のハーブティーがそこはかとない高貴さすら漂わせていると感じたのは、気の所為ではない筈だ。
未由紀さんにとっても予想以上の出来だったらしく、目を閉じて、ゆっくりと味から香りから、全部を味わっているようだった。
「…今日は、滅多にないような晴れ方ね。」
カップの中身も大分減った頃、未由紀さんはすいと席を立ち、おもむろにピアノに近付いた。そして、慈しむように天蓋を優しく撫でた。その手つきに、僕は、一瞬春の花の上を舞う蝶を見た思いがした。
咲き乱れる花々の間を迷う蝶さながらの、それは軽やかさだった。
彼女が、椅子に浅く腰掛けた。すいと背筋を伸ばし、静かに蓋を開け、白い指が鍵盤に置かれる。西日が差して顔が陰になってしまい、表情は読めないが、凛とした緊張感がこちらにも伝わってくる。
未由紀さんの指先から流れ出したのは、有名なクラシックでも、流行歌でもなかった。
僕の知らない、どちらかと言えば単調な、でも物哀しさを感じさせるような曲だった。どこか遠い国の、古い旋律のように思われる。何処かで聴いたような、しかし確かに僕の記憶には無いメロディーだった。

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